第五話 『はじめての催眠ショー』
「こんばんはー!」
いつもより少し大きな拍手が会場に広がる。
舞台中央。
黒髪の進行役――ちーちゃんは、今日はいつも以上に楽しそうだった。
「本日のテーマは、心理誘導ショー特別編!」
マイクをくるりと回す。
「“催眠”です」
会場がざわつく。
「おおー……」
「ほんとにやるの?」
そんな声があちこちから聞こえる。
ちーちゃんは笑いながら両手を軽く広げた。
「と言っても、“怖いこと”はしません」
「今日は、“人ってどれだけ想像に引っ張られるのか”を遊ぶ感じ」
「だから安心してね」
その言い方が、
いかにも“ちーちゃんらしい”と思った。
煽るでもなく。
脅かすでもなく。
自然に空気を緩める。
「じゃあまず、会場全体で簡単な被暗示性テストからいきます」
照明が少し落ちる。
「両手を前に出してください」
周囲の客たちが、
少し笑いながら手を伸ばす。
俺もなんとなく従った。
「右手には、重たい辞書の山が乗ってます」
「ずっしり重い」
「左手には、風船がいっぱい結ばれてる」
「ふわーっと上に引っ張られる」
ちーちゃんの声が、
いつもより少しゆっくりになる。
「無理に演技しなくていいです」
「ただ、“そうなる感じ”を想像するだけ」
会場が静かになる。
不思議と、
本当に右手が重い気がしてくる。
左手も、
少し上がっていた。
「……うそ」
隣の客が小さく笑う。
ちーちゃんも楽しそうに笑った。
「うんうん、いい感じ」
「“本当に動くわけない”
って思ってても、人って結構イメージに引っ張られるんだよね」
数十秒後。
ちーちゃんは、
会場を見渡した。
「じゃあ今、特に反応良かった人、ちょっとステージ来てもらおっかな」
その瞬間。
嫌な予感がした。
「えーっと」
ちーちゃん、
完全に笑いを堪えている。
「毎回来てる負けず嫌いくん」
「やっぱりか!」
会場が笑う。
「あと、そこの赤い服のお姉さん」
「それと、後ろでめちゃくちゃ手上がってたお兄さん」
三人でステージへ上がる。
照明が少し眩しい。
「いやなんで俺毎回こうなるんだよ……」
「反応いいから」
即答だった。
◇
ステージ中央には椅子が三つ並べられていた。
ちーちゃんは、
三人を順番に座らせる。
「安心してね」
「無理やりどうこうするわけじゃないから」
「“想像にどれくらい乗れるか”
を遊ぶ感じ」
その言葉だけで、
妙に安心感があった。
赤い服のお姉さんも、
お兄さんも、
少し緊張しながら笑っている。
俺も半信半疑のまま椅子へ座った。
ちーちゃんは、
三人の前をゆっくり歩く。
「じゃあまず、深呼吸」
「吸ってー」
「吐いてー」
自然と会場が静かになっていく。
「頑張って集中しなくていいです」
「むしろ、
“ぼーっと聞く”
くらいがちょうどいい」
ショーの時より、
さらにゆっくりした声。
「椅子に身体預けて」
「肩の力抜いて」
「今、
“これ本当にかかるのかな”
って思ってる人もいると思う」
会場から少し笑い。
ちーちゃんも笑う。
「でもそれで大丈夫」
「“そうなるかも”
くらいで十分だから」
ゆっくり。
本当にゆっくり。
空気が静かになっていく。
「今から、
私が肩を軽く叩いた人は」
「その瞬間、
“あ、力抜ける”
って感じが強くなる」
「別に眠らなくていい」
「ただ、
楽な方へ行くだけ」
ちーちゃんは、
まずお兄さんの肩を軽く叩く。
「……はい、力抜ける」
お兄さん、
小さく息を吐く。
次に、
お姉さん。
「はい、もっと楽」
お姉さんも、
少し身体が沈む。
最後に、
俺。
ちーちゃんの手が、
肩へ軽く触れる。
「……深く落ちる」
その瞬間。
ぞわっとした。
頭の奥が、
急にぼんやりする。
「っ……」
「うわ、反応早」
ちーちゃんが、
思わず吹き出す。
会場も少し笑う。
「ごめんごめん、
でも今すごかった」
「ちゃんと“落ちる感じ”
入ったね」
俺は、
なんとか言い返そうとして。
でも。
少し頭が重い。
「じゃあそのまま、
もっと楽にしていきます」
ちーちゃんは、
マイク越しに会場へも説明する。
「催眠って、
“意識を失う”というより」
「“想像しやすくなる”
感じに近いんです」
「だから、
今この三人も、
ちゃんと聞こえてる」
「でも、
普段より少し、
イメージに入りやすい」
その声自体が、
さらに沈む感じを強める。
「じゃあ、
軽い暗示入れてみよっか」
ちーちゃんは、
完全に楽しそうだった。
「今から、
私が指を鳴らすと」
「なんか急に、
笑いそうになります」
「理由はわからない」
「でも、
面白くなってくる」
「我慢しようとすると、
余計笑える」
会場、
既にちょっと笑っている。
「じゃあ入れます」
ぱちん。
指が鳴る。
数秒。
最初に吹き出したのは、
お兄さんだった。
「っ、ふは……!」
つられて、
お姉さんも笑い始める。
「ちょ、なんでぇ……!」
俺も、
なんか妙に笑えてくる。
「っ、あは……」
「だめだ、なんか面白い……!」
会場、
大爆笑。
ちーちゃん、
笑いながら進行している。
「うんうん、
ちゃんと入ってる」
「しかも、
“なんで笑ってるかわからない”
って顔してる」
ぱちん。
もう一度指を鳴らす。
すると、
三人ともすっと落ち着いた。
会場から、
「おおー!」という声。
ちーちゃんは、
完全にテンションが上がっていた。
「じゃあ次」
スタッフから紙コップを受け取る。
「中身は普通の水です」
「でも今から、
それぞれ違うイメージを入れます」
ちーちゃんは、
お姉さんへ。
「すごく酸っぱいレモン水」
お兄さんへ。
「強炭酸」
そして最後に、
俺を見る。
ちーちゃん、
完全に面白がってる顔だった。
「君は……」
少し考えるふり。
「高級旅館で出てくる、
めちゃくちゃ良いお茶」
「なんでだよ」
「なんか、“通ぶりそう”だから」
会場、
爆笑。
ちーちゃんは、
肩を揺らしながら続ける。
「じゃあ今、
そういう“感じ”が強くなる」
「飲んだ瞬間、
“あ、それっぽい”
ってなる」
「じゃあ、どうぞ」
三人同時に飲む。
「すっぱ!」
「シュワってした!」
そして俺は。
「……あ、これ絶対良い旅館」
言った瞬間。
会場が爆発した。
ちーちゃん、
机に突っ伏して笑っている。
「あははははっ!!」
「だから旅館って何!?」
「いやでもそんな感じなんだって!」
「もう完全にイメージ引っ張られてるじゃん!」
顔が熱い。
でも。
笑いが止まらない。
会場全体が、
不思議体験を一緒に楽しんでいた。
ちーちゃんは、
笑いながら三人を見る。
「はい、じゃあ最後は全部解除します」
「今入れた暗示は、
全部自然に消えていく」
「笑いたくなる感じも」
「味のイメージも」
「ただ、
“なんか楽しかったな”
だけ残る」
ぱちん。
指が鳴る。
頭のぼんやりが、
ゆっくり晴れていく。
「……うわ」
「ほんとに普通の水だ」
「え、さっき炭酸だったのに!」
お姉さんとお兄さんも驚いている。
ちーちゃんは、
満足そうに笑った。
「ね?」
「人って、
“想像する”だけで、
結構変わるんだよ」
その言葉を聞きながら。
俺は、
なんだか悔しい気持ちと。
少しだけ、
“もっと体験してみたい”
という気持ちが混ざっているのを感じていた。




