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第三話 『転がされる側の気持ち』



「こんばんはー、第三回心理誘導ショーへようこそ」


小さな拍手が会場に広がる。


照明に照らされた舞台の中央。

黒髪の進行役――ちーちゃんは、前回と同じように柔らかく笑っていた。


大学帰り。


結局、また来てしまった。


別にハマったわけじゃない。


ただ、一回くらいならもう一度見てもいいと思っただけだ。


……たぶん。


「お、また来てる」


ちーちゃんが客席の俺を見る。


その瞬間、周囲の視線まで飛んできて少し居心地が悪い。


「今日こそ乗せられない、とびっきりの秘策を用意してきた!」


その宣言に、会場から小さな笑いが起きる。


ちーちゃんは吹き出しそうになりながら肩を揺らした。


「え、なにそれ」


「毎回来るたびに、RPGのボス戦みたいなテンションで来るじゃん」


さらに笑いが広がる。


「へえー……今回はそんなに自信あるんだ」


ちーちゃんは面白そうに頬杖をついた。


「ちなみに、その“秘策”って」


「“読まれないように頑張る”系だったりする?」


「いや、そういう系じゃなくて……って言ったら分かっちゃうじゃん! 危ない、ペースにハマるところだった」


その返しを聞いた瞬間、ちーちゃんは声を上げて笑った。


「あははっ!」


「もう半分くらいハマってるよそれ!」


会場も一気に笑いに包まれる。


「今ね、“言ったら読まれる”って思ったでしょ?」


「つまりもう、“私に読まれる前提”で会話してるんだよね」


「しかも、“危ない”って言った」


「つまり今、ちゃんと“回避しよう”としてた」


ちーちゃんは少しだけ身を乗り出す。


「人って面白くて、“読まれたくない”って思うほど、逆に“どこを隠したいか”が出やすくなるんだよね」


「うぐぐ……い、いいから勝負だ! 乗せられないうちに! 早く!」


その慌てた様子を見て、ちーちゃんはさらに楽しそうに笑う。


「“乗せられないうちに早く!”って時点で、かなり焦ってるんだよなあ」


会場からまた笑い声。


ちーちゃんはテーブルの上に小さな箱を三つ並べた。


白。

青。

黒。


「じゃあ今回はシンプルにいこうか」


「この三つの箱のうち、“なんとなく気になるもの”を選んで」


「深く考えなくていいよ」


少し間を置いてから、ちーちゃんは悪戯っぽく付け足す。


「……あ、でも」


「今、“深く考えない”って言われた瞬間、逆に考え始めたでしょ?」


「……考えてない。黒」


ちーちゃんは、“黒”と聞いた瞬間、少しだけ目を細めた。


「へえ」


「即答なんだ」


「しかも、“考えてない”を先に付けた」


会場が「おおー……」とざわつく。


「人ってね、“考えてない”ってわざわざ言う時、結構考えてること多いんだよ」


「特に、“読まれたくない時”」


黒い箱を軽く指先で叩きながら、ちーちゃんは続ける。


「黒を選ぶ人って、“他人に読まれにくそう”な色を選びやすいんだよね」


「白って見えやすい感じするし」


「青は冷静すぎるし」


「黒なら、隠せそう」


少し首を傾げる。


「……違う?」


「ち、違う! 自分の意思でなんとなく選んだだけだ!」


その“自分の意思”という言葉に、ちーちゃんはぴくっと反応した。


そして、ゆっくり笑う。


「うん」


「今、すごく“自分で選んだ”を強調したね」


会場からくすくす笑いが漏れる。


「つまり、“誘導されてない”って証明したいんだ」


「いや、だって実際そうだし!」


「でも面白いよね」


ちーちゃんは黒い箱を持ち上げた。


「人って、“自分で決めた”って思いたい生き物だから」


「少しでも誘導っぽさを感じると、急に“自分の意思”を主張し始める」


少し間を置く。


「今の君みたいに」


また笑いが起きる。


「でも、“自分で選んだ”って感覚、別に悪いことじゃないんだよ」


「むしろ、それがあるから人って安心できるし」


「だから心理誘導って、“操る”というより、“本人が自然に選んだ”って流れを作る方が近い」


そして、小さく笑う。


「まあ、君はめちゃくちゃ抵抗するタイプだけど」


「そ、そう! 抵抗! 絶対抗ってやるからな!」


ちーちゃんは、その言葉を聞いて楽しそうに目を細めた。


「うんうん」


「君、ほんと“抗う側”のセリフ好きだよね」


会場がまた笑う。


「でもね、心理誘導って面白くて、“抗おう”とするほど、その人の考え方が見えやすくなる時がある」


「例えば今も」


指を一本立てる。


「“絶対抗う”って言った」


「つまりもう完全に、“これは戦いだ”ってモードに入ってる」


「う……」


「しかも、勝ち負け意識強いタイプ」


「だから、“読まれた”って感じると悔しい」


「でも、悔しいから、“次は見破ろう”としてもっと集中する」


ちーちゃんはそこで少し肩を揺らした。


「……で、気づいたら毎回来てる」


会場から拍手混じりの笑いが起きる。


「ねえ、もしかして」


「もうちょっと楽しくなってきてない?」


「え? 楽しい……っ、いや、全然楽しくないし? あー全然考え読まれないなー」


その不自然な棒読みを聞いた瞬間、ちーちゃんは吹き出した。


「あははっ!」


「今の、“全然平気なフリしてる人”の喋り方だったよ!?」


会場も一気に笑いに包まれる。


「しかも最後、“考え読まれないなー”ってわざわざ付け足した」


「つまり今、めちゃくちゃ“読まれてること”意識してる」


「ぐ……!」


「人って、本当に気にしてない時って、わざわざ“気にしてません”アピールしないんだよね」


ちーちゃんは、そこで少しだけ声を柔らかくした。


「でもさ」


「ここまで毎回ちゃんと反応返してくれるって、結構すごいんだよ?」


「普通、嫌だったら途中で黙るし」


「でも君、悔しがりながら毎回ちゃんと返してくれる」


少し笑う。


「だから、ショーとしてはかなり楽しいお客さん」


「……なんか、手のひらの上で転がされてる感じがする」


その言葉を聞いた瞬間、ちーちゃんは少しだけ驚いたように目を丸くした。


「……へえ」


「今の、結構本音っぽいね」


会場が少し静かになる。


「“転がされてる感じ”かあ」


「たしかに、そう感じる人は多いかも」


「だって心理誘導って、“気づいたらそっち行ってた”が多いから」


少し間を置いてから、ちーちゃんは続けた。


「でもね」


「面白いのって、“無理やり動かされる”とはちょっと違うところなんだよ」


「誘導って、相手の中に“元々ある反応”を使うことが多いから」


「だから、全部外から操ってるというより、“本人が自然に動ける方向へ、ちょっと流れを作ってる感じ”」


そして、小さく笑う。


「まあ、君はかなり流されやすいけど」


会場からまた笑いが起きる。


「ねえ、その“転がされてる感じ”って」


「悔しいだけ?」


「悔しい。けど、楽しさもあるかも。……あれ? なんでだ?」


ちーちゃんは、その言葉を聞いた瞬間、少しだけ笑みを柔らかくした。


「うん」


「そこ、結構大事なんだよね」


会場も、少し静かに聞いている。


「人って、“全部わかってる”状態より、“ちょっと読まれる”くらいの方が、会話として楽しかったりする」


「予想外があるから」


「反応返したくなるから」


少し笑う。


「特に君みたいに負けず嫌いなタイプは、“次は見破る”って思うほど、どんどん参加しちゃう」


「……う」


「でも、その時点でもうショーにハマり始めてるんだよね」


会場から「おおー……」という声が上がる。


「しかも今、“なんで楽しいんだ?”って自分で考え始めた」


「つまり、ただの冷やかしじゃなくなってる」


少し間。


「最初、“どうせ雰囲気”って顔して入ってきた人とは、だいぶ違う」


その時、会場の奥で小さくチャイムが鳴った。


終了五分前。


「あ、もうそんな時間か」


ちーちゃんは少し残念そうに笑った。


「なんか今日、あっという間だったね」


会場もうなずく空気。


「というわけで、そろそろ最後のまとめなんだけど」


そこで、わざと俺の方を見る。


「今日の彼はですね」


「最初、“絶対乗せられない”って来たんですよ」


会場からくすくす笑い。


「でも途中から」


指を折って数え始める。


「“危ない、乗せられそう”」


「“転がされてる感じがする”」


「“悔しいけど楽しいかも”」


ちーちゃんはそこで肩を揺らした。


「……めちゃくちゃショー参加してる」


会場から拍手混じりの笑いが起きる。


ちーちゃんは、少しだけ優しい声になった。


「でも、これって実はすごく自然で」


「心理誘導って、“騙す”というより、“相手がどう反応するか”を一緒に楽しむものだったりするんだよね」


「だから、反応返してくれる人ほど、ショーとして面白い」


そして、少しだけいたずらっぽく笑う。


「まあ、君はかなり反応いいけど」


その笑い方が、

なんだか少し悔しかった。

秘策のことはすっかり忘れていた。


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