第十八話 『正直になる催眠』
それからも。
ショーは何度か開催された。
連想。
心理誘導。
会話。
時々、
軽い催眠。
最前列へ戻った俺は、
もう毎回のように参加していた。
そして。
気づけば。
“見る側”より。
“かかる側”の方が、
好きになっていた。
◇
「こんばんはー、心理誘導ショーへようこそ」
会場の拍手。
ステージ中央。
今日のちーちゃんは、
どこか楽しそうだった。
「今日は、
久しぶりの催眠回です」
会場がざわつく。
「おおー!」
「待ってました!」
ちーちゃんは、
笑いながら手を振った。
「でもいつも通り、
怖いことはしません」
「“人ってどれくらい雰囲気やイメージに引っ張られるか”
を遊ぶ感じ」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥が、
すっと静かになる。
最近。
家で。
通話で。
何度も、
あの声を聞いていた。
“力抜いていい”
“ぼーっとしてていい”
その時間を、
何度も繰り返していた。
だからだろうか。
今日のちーちゃんの、
少しゆっくりした喋り方だけで。
もう、
頭がぼんやりしかけていた。
「じゃあまず、
会場全体で被暗示性テストからいきます」
会場が静かになる。
「両手を前へ」
「右手は重たい」
「左手は軽い」
いつもの誘導。
でも。
今日は違った。
“テスト”というより。
声を聞いた瞬間から、
身体がその空気を思い出している感じ。
「……」
ちーちゃんが、
一瞬こちらを見る。
そして。
ほんの少しだけ、
吹き出しそうになる。
「……反応早」
会場、
少し笑う。
「まだ何もしてないよ?」
「うるさい……」
でも。
もう、
少し頭がぼんやりする。
ちーちゃんは、
そんなこちらを見ながら、
楽しそうに肩を揺らした。
◇
その後。
被暗示性の高かった三人が、
ステージへ上げられる。
もちろん。
その中に、
俺もいた。
「もう常連だね」
「不本意だ」
「でも来る」
会場、
笑い。
ステージ中央へ座る。
照明。
静かな空気。
ちーちゃんの声。
その全部が、
自然と意識を落ち着かせていく。
「じゃあ今日は、
“正直になる催眠”やってみます」
会場がざわつく。
ちーちゃんは、
笑いながら説明する。
「別に、
秘密を暴くとかじゃないです」
「ただ、
“取り繕う前の言葉”
が出やすくなる感じ」
少し間。
「“これ言ったら変かな”
ってブレーキが弱くなる」
会場が、
興味深そうに静かになる。
ちーちゃんは、
ゆっくり三人を見る。
「今から、
頭の中で考え込むより」
「先に言葉が出やすくなる」
「素直な方が、
楽になる」
静かな声。
「取り繕わなくていい」
「誤魔化さなくていい」
「思ったこと、
そのまま口にしていい」
その言葉が、
不思議と深く入ってくる。
ちーちゃんは、
一人ずつ軽く質問していく。
「最近食べて美味しかったもの」
「ラーメン!」
会場、
笑い。
「今やりたいこと」
「寝たい!」
さらに笑い。
そして。
ちーちゃんの視線が、
こちらへ向く。
「じゃあ最後」
少しだけ、
悪戯っぽく笑う。
「今、
一番思ってること」
その瞬間。
頭より先に、
言葉が出た。
「……ちーちゃんが好き」
静寂。
数秒後。
会場が、
一気に沸いた。
「おおおお!?」
「えええ!?」
「うわー!!」
歓声。
拍手。
ざわめき。
でも。
その中で。
俺だけは、
妙に真剣だった。
自然と、
ちーちゃんを見ていた。
ちーちゃんは。
完全に固まっていた。
「……え」
顔が、
みるみる赤くなる。
会場はさらに盛り上がる。
「青春だー!」
「言った!!」
ちーちゃんは、
数秒止まったあと。
慌てたように、
咳払いした。
「……は、はい!」
「えーっと!」
明らかに動揺している。
会場が、
逆に盛り上がる。
ちーちゃんは、
こちらを見ながら、
必死に進行を戻そうとしていた。
でも。
耳まで真っ赤だった。
◇
「……じゃ、じゃあ」
少し早口になる。
「今の言葉は、
心の奥へしまっておきます」
「今は、
“催眠中の言葉”
として」
「恥ずかしさも、
忘れて」
「自然に、
落ち着いていく」
その声を聞きながら。
頭が、
少しぼんやりしていく。
「今言ったことは、
今は思い出さなくていい」
「ただ、
楽しかった感じだけ残る」
「はい、
ゆっくり戻ってきて」
指が鳴る。
ぱちん。
頭の霧が、
ゆっくり晴れていく。
◇
ショー終了後。
会場は、
まだざわついていた。
ちーちゃんは、
少しぎこちない笑顔でマイクを持つ。
「えーっと……」
「今日もありがとうございました」
会場、
まだニヤニヤしている。
ちーちゃんは、
ちらっとこちらを見る。
「……た、楽しかった?」
恐る恐る。
そんな聞き方だった。
「……うん」
自然と頷く。
「楽しかった」
ちーちゃんは、
少しだけ安心したように息を吐いた。
どうやら。
本当に、
覚えていないと思っているらしい。
でも。
俺は。
少しだけ、
覚えていた。
“好き”
確かに、
そう言った。
思い出した瞬間。
顔が熱くなる。
“観衆の前で何言ってんだ俺!?”
頭を抱えたくなる。
でも。
それ以上に。
胸の奥が、
ずっと落ち着かなかった。
◇
家へ帰っても。
全然眠れなかった。
ベッドへ横になっても。
頭の中で、
何度もあの瞬間が再生される。
“ちーちゃんが好き”
催眠中だった。
正直になっていた。
でも。
あれは、
本当にただの催眠だったのか。
「……」
胸がうるさい。
考えれば考えるほど、
答えがわからなくなる。
でも。
一つだけ、
確かだった。
今、
ちーちゃんの声が聞きたかった。
気づけば。
スマホを手に取っていた。
通話ボタンを押す。
呼び出し音。
その間ずっと。
心臓が、
うるさいくらい鳴っていた。




