第十七話 『おかえり』
会場の照明が落ちる。
ざわめき。
拍手。
そして。
「こんばんはー、心理誘導ショーへようこそ」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥が、
少し熱くなった。
ステージ中央。
黒を基調にした衣装のちーちゃんは、
いつものように笑っていた。
でも。
その視線が、
最前列へ向いた瞬間。
ほんの少しだけ、
笑顔が柔らかくなった気がした。
「今日は、
“慣れ”と“安心感”についてやっていきます」
会場から拍手。
ちーちゃんは、
軽くマイクを回しながら続ける。
「人って、
最初は警戒してたものでも」
「何度も触れて、
“安全”だって分かると」
「どんどん自然に受け入れられるようになるんだよね」
そして。
ちらりと、
こちらを見る。
「……例えば、
毎回来てるうちに、
最前列が定位置になったり」
会場、
くすっと笑う。
「うるさい」
反射的に返す。
その瞬間。
ちーちゃんが、
少し目を丸くした。
そして。
本当に嬉しそうに笑った。
「……うん」
「その返し、
久しぶり」
その一言に。
胸の奥が、
少しだけ熱くなる。
◇
「じゃあ今日は、
簡単な連想ゲームから」
ステージ上のテーブルへ、
三枚のカードが並べられる。
火。
鏡。
雨。
「直感で一枚」
昔と同じ流れ。
でも。
今日は少し違った。
怖さより。
“戻ってきた”
という感覚の方が強い。
「……雨」
ちーちゃんは、
小さく頷いた。
「へえ」
「今日は即決だ」
「考えると読まれるし」
会場、
笑い。
ちーちゃんは、
楽しそうに肩を揺らした。
「もう対策が、
ショー前提なんだよなあ」
「まだ負けるって決まったわけじゃないし!」
その言葉が出た瞬間。
会場から、
少し大きめの笑いが起きた。
「あっ、
それ久しぶり!」
「“まだ負けてないし!”だ!」
後ろの常連客が笑う。
「やめろ!」
顔が熱くなる。
でも。
その空気が、
嫌じゃなかった。
ちーちゃんは、
そんな会場を見ながら、
どこか安心したように笑っていた。
◇
「じゃあ、
なんで雨?」
ちーちゃんが、
カードを軽く揺らす。
少し考える。
「……落ち着くから」
「静かだし」
「あと、
雨の音って、
ちょっと安心する」
その言葉を聞いて。
ちーちゃんは、
ほんの少しだけ、
優しい顔をした。
「うん」
「君、
昔より“安心”選ぶようになったね」
会場が静かになる。
ちーちゃんは、
そのまま続ける。
「前は、
“勝つ”
とか」
「“読まれない”
とか」
「そういう方向の言葉多かった」
「でも最近は、
“落ち着く”
とか」
「“安心する”
が増えた」
少し間。
「たぶん、
今の君にとって大事なの、
そっちなんだろうね」
その言葉に。
不思議と、
抵抗したい気持ちは出なかった。
むしろ。
“そうかもしれない”
と、
自然に思えた。
◇
ちーちゃんは、
そんなこちらを見ながら、
小さく笑う。
「でもさ」
「前より、
顔柔らかくなったよ」
「……そう?」
「うん」
「今、
ちゃんとショー楽しんでる顔してる」
その言葉を聞いた瞬間。
少しだけ。
本当に少しだけ。
昔の、
ショーへ通っていた頃の自分が戻ってきた気がした。
ちーちゃんは、
マイクを持ち直しながら、
楽しそうに笑う。
「じゃあ改めて」
「おかえり、最前列」
会場から、
柔らかい拍手が起こる。
その音を聞きながら。
気づけば、
自然に笑っていた。




