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第十六話 『最前列』



「……次、

ステージ上がろうかなって思ってる」


その言葉を口にした瞬間。


ちーちゃんの動きが止まった。


ビデオ通話の画面越し。


数秒だけ、

静かな間が空く。


「……ほんとに?」


その声は、

驚き半分。


心配半分。


そんな感じだった。


「無理してない?」


「してない」


即答する。


でも。


ちーちゃんは、

簡単には頷かなかった。


「最近、

前より元気にはなってる」


「でも、

人前ってまだ結構疲れるでしょ」


「……まあ」


否定はできない。


ショーを見るだけでも、

最初はかなり消耗していた。


でも。


それでも。


「なんか」


言葉を探す。


「また、

あそこ戻りたいんだよ」


静かな部屋。


ちーちゃんは、

こちらをじっと見ていた。


「昔みたいに、

悔しがったり」


「読まれたり」


「そういうの、

最近ちょっと懐かしくて」


少し笑う。


「あと、

最前列ずっと空いてるし」


ちーちゃんが、

小さく吹き出した。


「そこ気にしてたの?」


「なんか、

俺の席みたいになってただろ」


「まあ……ちょっと」


ちーちゃんは、

困ったみたいに笑った。


そのあと。


少しだけ、

優しい声になる。


「……無理そうだったら、

途中で降りてもいいからね」


「うん」


「“ちゃんとやらなきゃ”

って思わなくていい」


その言い方が、

やっぱりちーちゃんらしかった。


背中を押す。


でも、

逃げ道もちゃんと残す。


だから。


不思議と、

怖さより安心感の方が強かった。



ショー当日。


まだ昼過ぎだというのに、

落ち着かなかった。


服を何度も確認する。


髪も整える。


深呼吸。


“ほんとに行くのか”


何回も考える。


でも。


足は、

自然と会場へ向かっていた。



会場前。


時計を見る。


開始二時間前。


「……早すぎだろ」


自分でも思う。


でも、

家で待っている方が落ち着かなかった。


スタッフに軽く会釈して、

中へ入る。


まだ客はいない。


静かな会場。


照明も半分だけ。


昔、

何度も見ていた景色。


そして。


一番前。


最前列の席。


そこへ座る。


「……」


緊張する。


昔みたいに、

本当にできるんだろうか。


ちゃんと笑えるのか。


言い返せるのか。


また、

何も言えなくなったりしないか。


そんな考えが、

ぐるぐる回る。


その時。


ステージ側から、

小さな物音が聞こえた。


顔を上げる。


そこには、

ショーの準備をしているちーちゃんがいた。


黒い衣装。


まとめた髪。


照明確認をしながら、

スタッフと話している。


まだ“ショーの顔”ではない。


自然な、

準備中のちーちゃん。


その姿を見た瞬間。


不思議なくらい、

肩の力が抜けた。


「……あ」


緊張が、

少しほどける。


ちーちゃんは、

ふと客席へ視線を向ける。


そして。


最前列に座るこちらを見つけて、

一瞬止まった。


「……え」


次の瞬間。


少しだけ。


本当に少しだけ、

嬉しそうに笑った。


その顔を見て。


“ああ、

来てよかったな”


って、

自然に思えた。


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