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第十五話 『君の部屋』



『そういえばさ』


いつものビデオ通話。


画面の向こうで、

ちーちゃんがマグカップを持ちながら笑った。


『最近、

ちゃんと外出れてる?』


「まあ、少しは」


『えらい』


「だからその褒め方やめろって」


ちーちゃんが、

くすっと笑う。


『でも前より顔色いいよ』


「そう?」


『うん』


画面越しに、

じっと見られる。


その視線に、

少しだけ落ち着かなくなる。


『前は、

通話中ずっと肩に力入ってたし』


「……見てんのかよ」


『見るよ』


ちーちゃんは、

当たり前みたいに言った。


『心理の仕事してると、

癖みたいなもんだし』


「怖」


『でも』


少しだけ笑う。


『最近は、

“ちゃんとここにいる”

感じする』


その言葉が、

妙に嬉しかった。



「……あ」


通話中。


ちーちゃんが、

ふと画面の外を見る。


『やば、

お茶切れてる』


「買ってこいよ」


『めんどい』


「社会人とは思えない返事」


『誰か届けてくれないかなー』


わざとらしい言い方。


「知らん」


『あーあー、

優しくないなー』


「自分で行け」


『うーん』


ちーちゃんは、

少し考えるふりをしてから。


悪戯っぽく笑った。


『じゃあ来る?』


「……は?」


『コンビニ近いし』


『ついでに、

前言ってた本貸すよ』


あまりにも自然な流れだった。


だから。


一瞬、

言葉が止まる。


「いや……え?」


『無理なら全然いいよ』


『まだ人の家とか疲れるかもしれないし』


その言い方が、

ずるかった。


無理に誘わない。


ちゃんと、

逃げ道を残す。


だから逆に。


「……行く」


そう言ってしまった。


ちーちゃんは、

少しだけ目を丸くして。


そのあと、

柔らかく笑った。


『うん』


『じゃあ待ってる』



そして今。


俺は、

ちーちゃんの家の前に立っていた。


「……やば」


心臓がうるさい。


ショー会場とは違う。


通話とも違う。


“ちーちゃんの部屋”


その事実だけで、

妙に緊張する。


インターホンを押す。


数秒後。


扉が開いた。


「いらっしゃい」


私服姿のちーちゃん。


少しラフな格好。


でも。


それが逆に、

距離の近さを感じさせた。


「……お邪魔します」


「ふふ、

緊張してる?」


「してない」


「声固いよ」


笑われる。


その感じが、

少しだけ懐かしかった。



部屋へ入る。


柔らかい香り。


白い棚。


小さな観葉植物。


通話で少し見えていた部屋より、

実際はもっと生活感があった。


「適当に座っていいよ」


「……うん」


ソファへ腰を下ろす。


近い。


通話越しじゃない。


同じ空間に、

ちーちゃんがいる。


それだけで、

変に意識してしまう。


ちーちゃんは、

キッチンから飲み物を持ってきながら笑った。


「なんか、

初めて家来た猫みたいになってる」


「うるさい」


「ふふ」


ちーちゃんは、

向かいへ座る。


そのまま、

しばらく何気ない話をした。


最近見た映画。


コンビニの新作。


昔のショー。


本当に、

ただの日常会話。


でも。


不思議と、

少しずつ緊張が溶けていく。



「……前より、

ちゃんと笑うようになったね」


ふと。


ちーちゃんがそんなことを言った。


「え」


「最初の頃、

ほんとに余裕なかったし」


「……まあ」


否定できない。


ちーちゃんは、

マグカップを持ちながら続ける。


「でも今、

ここ来て、

普通に話してるじゃん」


「それ、

結構すごいことだと思う」


静かな声。


責めない。


急かさない。


ただ、

自然に受け止める。


その空気が、

心地いい。


「……ちーちゃんといると、

楽なんだよ」


気づけば、

そんな言葉が出ていた。


ちーちゃんは、

少しだけ目を丸くする。


そのあと、

柔らかく笑った。


「うん」


「知ってる」


その返事に。


胸の奥が、

少し熱くなる。



静かな部屋。


柔らかい照明。


少し落ち着いた空気。


ちーちゃんは、

こちらを見ながら小さく笑った。


「なんか今、

結構力抜けてるね」


「……かも」


「肩も、

最初より下がってる」


言われて気づく。


確かに、

さっきより呼吸が楽だった。


ちーちゃんは、

少しだけ悪戯っぽく笑う。


「じゃあさ」


「せっかくだし、

少しだけやる?」


その言葉だけで。


昔の感覚が、

少し蘇る。


「……催眠?」


『うん』


「ここで?」


『ここだから』


静かな声。


「別に、

深く落としたりしないよ」


「ただ、

リラックスするだけ」


その言い方が、

妙に安心できた。


「……少しだけなら」


ちーちゃんは、

嬉しそうに笑った。



「じゃあ、

ソファにもたれて」


「うん」


「目閉じてもいいし、

閉じなくてもいい」


「楽な方で」


静かな声。


ショーの時より近い。


通話よりもっと近い。


「今日はもう、

頑張らなくていいから」


「ここ来るまででも、

結構緊張してたでしょ」


「……まあ」


「うん」


ちーちゃんは、

小さく頷く。


「だから今は、

“ちゃんとしてなきゃ”

少し休ませる感じ」


その言葉を聞くだけで、

少し力が抜ける。


「呼吸、

ゆっくりね」


「吸ってー」


「吐いてー」


自然と、

呼吸が合っていく。


「うん、

そんな感じ」


「最近の君、

ずっと頭働かせてる感じするし」


「だから、

今くらいぼーっとしていい」


静かな声。


柔らかい空気。


気づけば。


さっきまであった緊張が、

少しずつ溶けていた。


「……なんか、

安心する」


「うん」


ちーちゃんが、

少しだけ笑う。


「今、

ちゃんと委ねられてる」


その言葉に。


不思議と、

抵抗したい気持ちは出なかった。


むしろ。


そのまま、

力を抜いていたくなる。


「頑張って起きてようとしなくていい」


「ぼーっと、

声聞いてるだけでいいから」


その声を聞いていると。


頭の中のざわざわが、

ゆっくり静かになっていく。


昔。


ショーで感じていた感覚。


“読まれる”

とか。


“誘導される”

とか。


そういうものとは、

少し違う。


もっと近くて。


もっと安心する感じ。


気づけば。


その時間が、

終わるのを惜しいと思っていた。



「……はい、

今日はここまで」


ちーちゃんの声で、

ゆっくり意識が戻る。


「……あ」


思った以上に、

ぼんやりしていた。


ちーちゃんは、

そんなこちらを見て、

少し楽しそうに笑う。


「おかえり」


「……なんか、

すごかった」


「ふふ」


「いや、

ほんとに」


言葉を探す。


でも。


一番近いのは、

たぶん。


“心地よかった”


だった。


ちーちゃんは、

そんなこちらを見ながら、

静かに笑った。


「またやる?」


その瞬間。


気づけば。


自分から、

答えていた。


「……また、やって」


その言葉に。


ちーちゃんは、

少しだけ嬉しそうに目を細めた。


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