第十四話 『少しずつ』
その後も。
ショーは何度か開催された。
俺は、
毎回会場へ足を運んだ。
最初の頃みたいに、
前列へ行くことはまだできない。
ステージへ上がるなんて、
もっと無理だ。
だから、
後方の席。
帽子を深く被って。
静かに見るだけ。
でも。
それでも、
ショーの時間は好きだった。
会場の空気。
笑い声。
ちーちゃんの声。
全部が、
少しずつ、
止まっていた心を動かしていく感じがした。
◇
「こんばんはー、心理誘導ショーへようこそ」
拍手。
照明。
ステージ中央のちーちゃんは、
やっぱり楽しそうだった。
昔より落ち着いていて。
でも、
楽しそうに人の反応を見る癖は変わっていない。
客席が笑う。
驚く。
戸惑う。
その流れを、
柔らかく作っていく。
その姿を見ていると。
不思議と、
安心した。
“ああ、
まだここあるんだな”
って思えた。
◇
そして。
最近は、
ショー以外でも話すことが増えていた。
最初は、
カウンセリングの延長みたいな感じだったと思う。
「調子どう?」
「今日はご飯食べた?」
そんな、
短いやり取り。
でも。
いつの間にか。
ただのビデオ通話をするようになっていた。
◇
『見てこれ』
画面の向こうで、
ちーちゃんがコンビニスイーツを掲げる。
「なんだそれ」
『新作』
「また甘いの食ってる」
『心理士って糖分使うから』
「絶対関係ないだろ」
ちーちゃんが笑う。
昔みたいだった。
ショーでも。
カウンセリングでもない。
ただ、
普通に話している時間。
それが、
思ったより心地よかった。
◇
『そういえばさ』
ある日の通話。
ちーちゃんが、
少しだけ悪戯っぽく笑った。
『最近、
ショー中の顔、
前より柔らかくなったよね』
「……見てんのかよ」
『そりゃ見る』
「怖」
『心理療法士だからね』
「便利な肩書き使うな」
ちーちゃんは、
楽しそうに肩を揺らした。
そして。
少しだけ声を柔らかくする。
『でも、
ちゃんと楽しめてるならよかった』
その言葉に。
少しだけ、
胸が温かくなる。
◇
また別の日。
『ねえ』
「ん?」
『ちょっとだけ、
昔みたいなのやる?』
その瞬間。
昔のショーを思い出す。
連想。
誘導。
“読まれる感じ”。
少しだけ、
胸がざわついた。
「……ステージはまだ無理」
『うん』
ちーちゃんは、
すぐ頷く。
『だから通話で』
静かな声だった。
急かさない。
無理に引っ張らない。
でも。
“君が嫌じゃないなら”
という空気だけ、
ちゃんとある。
「……少しだけなら」
ちーちゃんは、
そこで少し笑った。
『じゃあ今日は、
軽いやつだけ』
◇
『最近、
夜ちゃんと眠れてる?』
「前よりは」
『そっか』
『じゃあ今、
ちょっとだけ目閉じてみて』
「急だな」
『別に催眠じゃないよ』
笑いながら言う。
『ただ、
疲れてる人って、
頭の中ずっと動いてるから』
『少し、
休む練習』
静かな声。
昔、
ショーで聞いていた声とは少し違う。
もっと近い。
もっと穏やか。
『深呼吸して』
『吸ってー』
『吐いてー』
自然と、
呼吸を合わせていた。
『うん』
『そんな感じ』
ちーちゃんは、
少し間を置いて続ける。
『頑張って起きてようとしなくていい』
『ぼーっとするくらいでちょうどいいから』
その言葉を聞くと。
少しだけ、
身体の力が抜ける。
『最近の君、
ずっと“ちゃんとしなきゃ”
が残ってる感じするし』
「……まあ」
『だから今くらい、
少し委ねていい』
静かな声。
優しい言い方。
でも。
その言葉を聞くと、
不思議と安心した。
“委ねる”
昔の自分なら、
その言葉に抵抗していたと思う。
でも今は。
少し違った。
ちーちゃん相手なら。
少し力を抜いてもいいかもしれない。
そんな風に、
思えてしまう。
『うん』
『今、
ちゃんと力抜けてる』
その声を聞きながら。
気づけば。
昔ショーで感じていた、
“身を任せる楽しさ”
を、
少しずつ思い出していた。




