第十二話 『観客席』
ショーが再開される。
その事実を知ってから。
少しだけ、
気持ちが軽かった。
もちろん、
全部が治ったわけじゃない。
朝起きるのが辛い日もある。
何もする気が起きない時もある。
でも。
“来週、ショーがある”
それだけで、
少しだけ先を考えられた。
そんな自分に、
少し驚いていた。
◇
会場へ向かう途中。
昔の記憶が、
何度も頭をよぎる。
照明。
拍手。
笑い声。
“心理誘導ショーへようこそ”
あの空気。
昔の自分なら、
真っ先に前列へ行っていたと思う。
でも今は無理だった。
ステージへ上がるなんて、
考えられない。
あの頃みたいに、
元気に言い返せる気もしない。
だから。
今日は、
見るだけ。
それだけでいい。
そう自分へ言い聞かせながら、
静かに会場の後方へ座る。
帽子を深く被る。
視線もなるべく下へ向ける。
すると。
「あれ、久しぶりじゃない?」
「ほんとだ」
少し前の席から、
聞き覚えのある声が聞こえた。
昔の常連たちだった。
何度もショーで顔を合わせた人たち。
胸が少しざわつく。
気づかれたくない。
今の姿を、
見られたくなかった。
自然と、
さらに顔を伏せる。
◇
会場の照明が落ちる。
拍手。
そして。
「こんばんはー、心理誘導ショーへようこそ」
その声が響いた瞬間。
胸の奥が、
少しだけ熱くなった。
ステージ中央。
そこに立つちーちゃんは、
昔よりずっと大人っぽくなっていた。
黒を基調にした衣装。
落ち着いた照明。
長い黒髪。
学生時代の、
親しみやすい“お姉さん感”とは少し違う。
どこか、
ミステリアスだった。
でも。
笑い方だけは、
変わっていなかった。
「今日は、“思い込み”と“期待”についてやっていきます」
柔らかい拍手。
ちーちゃんは、
自然に会場を巻き込んでいく。
言葉選び。
間。
視線。
全部が、
昔より洗練されていた。
客席が笑う。
驚く。
ざわつく。
その流れを、
軽やかに作っていく。
“すごいな”
素直にそう思った。
◇
でも。
昔と少し違うことがあった。
ちーちゃんは、
今日は誰か一人を強くいじったりしなかった。
昔みたいに。
「毎回来てる負けず嫌いくん」
なんて、
客席を見ながら笑うこともない。
会場全体を、
丁寧に見ている。
プロみたいだった。
それは、
良いことのはずなのに。
ほんの少しだけ。
寂しかった。
◇
ショー終盤。
会場が、
穏やかな空気に包まれている。
ちーちゃんは、
そんな客席を見渡しながら笑った。
「やっぱり、
ショーって楽しいね」
その声は、
本当に嬉しそうだった。
会場から拍手が起こる。
ちーちゃんは、
少しだけ照れくさそうに笑う。
その瞬間だった。
ふと。
ちーちゃんの視線が、
客席後方へ向いた。
帽子を深く被った、
こちらへ。
ほんの一瞬。
目が合った気がした。
ちーちゃんの表情が、
少しだけ止まる。
そして。
本当に、
ほんのわずかに。
寂しそうな顔をした。
一瞬だけ。
すぐ、
いつもの笑顔へ戻った。
でも。
その表情だけが、
胸の奥へ残った。
まるで。
“そこにいるなら、
いつかまた前へ来てよ”
そう言われた気がして。
気づけば。
少しだけ、
ショーの終わりが惜しくなっていた。




