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第十二話 『観客席』



ショーが再開される。


その事実を知ってから。


少しだけ、

気持ちが軽かった。


もちろん、

全部が治ったわけじゃない。


朝起きるのが辛い日もある。


何もする気が起きない時もある。


でも。


“来週、ショーがある”


それだけで、

少しだけ先を考えられた。


そんな自分に、

少し驚いていた。



会場へ向かう途中。


昔の記憶が、

何度も頭をよぎる。


照明。


拍手。


笑い声。


“心理誘導ショーへようこそ”


あの空気。


昔の自分なら、

真っ先に前列へ行っていたと思う。


でも今は無理だった。


ステージへ上がるなんて、

考えられない。


あの頃みたいに、

元気に言い返せる気もしない。


だから。


今日は、

見るだけ。


それだけでいい。


そう自分へ言い聞かせながら、

静かに会場の後方へ座る。


帽子を深く被る。


視線もなるべく下へ向ける。


すると。


「あれ、久しぶりじゃない?」


「ほんとだ」


少し前の席から、

聞き覚えのある声が聞こえた。


昔の常連たちだった。


何度もショーで顔を合わせた人たち。


胸が少しざわつく。


気づかれたくない。


今の姿を、

見られたくなかった。


自然と、

さらに顔を伏せる。



会場の照明が落ちる。


拍手。


そして。


「こんばんはー、心理誘導ショーへようこそ」


その声が響いた瞬間。


胸の奥が、

少しだけ熱くなった。


ステージ中央。


そこに立つちーちゃんは、

昔よりずっと大人っぽくなっていた。


黒を基調にした衣装。


落ち着いた照明。


長い黒髪。


学生時代の、

親しみやすい“お姉さん感”とは少し違う。


どこか、

ミステリアスだった。


でも。


笑い方だけは、

変わっていなかった。


「今日は、“思い込み”と“期待”についてやっていきます」


柔らかい拍手。


ちーちゃんは、

自然に会場を巻き込んでいく。


言葉選び。


間。


視線。


全部が、

昔より洗練されていた。


客席が笑う。


驚く。


ざわつく。


その流れを、

軽やかに作っていく。


“すごいな”


素直にそう思った。



でも。


昔と少し違うことがあった。


ちーちゃんは、

今日は誰か一人を強くいじったりしなかった。


昔みたいに。


「毎回来てる負けず嫌いくん」


なんて、

客席を見ながら笑うこともない。


会場全体を、

丁寧に見ている。


プロみたいだった。


それは、

良いことのはずなのに。


ほんの少しだけ。


寂しかった。



ショー終盤。


会場が、

穏やかな空気に包まれている。


ちーちゃんは、

そんな客席を見渡しながら笑った。


「やっぱり、

ショーって楽しいね」


その声は、

本当に嬉しそうだった。


会場から拍手が起こる。


ちーちゃんは、

少しだけ照れくさそうに笑う。


その瞬間だった。


ふと。


ちーちゃんの視線が、

客席後方へ向いた。


帽子を深く被った、

こちらへ。


ほんの一瞬。


目が合った気がした。


ちーちゃんの表情が、

少しだけ止まる。


そして。


本当に、

ほんのわずかに。


寂しそうな顔をした。


一瞬だけ。


すぐ、

いつもの笑顔へ戻った。


でも。


その表情だけが、

胸の奥へ残った。


まるで。


“そこにいるなら、

いつかまた前へ来てよ”


そう言われた気がして。


気づけば。


少しだけ、

ショーの終わりが惜しくなっていた。


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