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第十一話 『言うか、言わないか』



診断書を受け取った帰り道。


空は曇っていた。


でも、

少しだけ呼吸は楽だった。


“適応障害”


“抑うつ状態”


紙に書かれた文字を見ても、

最初は実感がなかった。


ただ。


ちーちゃんに言われた、


> 「ちゃんと疲れ切ってる」


その言葉だけは、

妙に残っていた。



会社には、

短く連絡した。


『辞めます』


電話口の上司は、

何か言っていた。


でも。


もう、

頭へ入らなかった。


怖くないわけじゃない。


将来も不安だった。


でも。


あのまま続ける方が、

もっと壊れそうだった。



それから。


週に一回。


俺はカウンセリングへ通うようになった。


最初は、

うまく話せなかった。


「最近どう?」


そう聞かれても、


「まあ……普通」


くらいしか出てこない。


でも。


ちーちゃんは急かさなかった。


無理に掘り返さない。


沈黙があっても、

待ってくれる。


その空気が、

少しずつ楽になっていった。


「ちゃんと寝れてる?」


「前よりは」


「ご飯は?」


「昨日コンビニのやつ食べた」


「えらい」


「子供扱いするな」


「でも前、“食べる気しない”

って言ってたじゃん」


そんな会話を、

何度も重ねた。


気づけば。


昔みたいに、

少しずつ言葉が出るようになっていた。



「……で、その上司がさ」


ある日のカウンセリング。


俺は、

気づけば会社の愚痴をかなり喋っていた。


前なら、

こんな風に話せなかったと思う。


ちーちゃんは、

メモを取りながら頷く。


「うん」


「それ、

かなりしんどかったね」


否定しない。


説教もしない。


ただ、

ちゃんと聞いてくれる。


その安心感に、

自分でも驚くくらい、

話してしまう。


「……なんか」


ソファへ背中を預けながら呟く。


「ここ来ると、

ちょっと頭静かになる」


ちーちゃんは、

少しだけ笑った。


「ならよかった」


その笑い方が、

昔よりずっと柔らかくなった気がした。



カウンセリング終了後。


次回予約のため、

ちーちゃんがスケジュール表を開く。


「じゃあ次……」


そこで。


動きが止まった。


ほんの一瞬。


でも。


今まで自然だった動きが、

急に止まったのがわかった。


「?」


思わず首を傾げる。


ちーちゃんは、

一度視線を落としてから、

小さく息を吐いた。


「……あー」


「どうした?」


「いや、その」


珍しく、

言葉を選んでいる。


ちーちゃんは、

こういう時、

普段ならもっと自然に喋る。


でも今は違った。


少し迷っている顔。


「来週……」


そこまで言って、

また止まる。


俺は、

なんとなくその続きを待った。


ちーちゃんは、

数秒考えてから、

小さく苦笑する。


「実はさ」


「来週、

ショーやるんだよね」


その瞬間。


頭の中で、

昔の会場の空気が浮かんだ。


照明。


笑い声。


“心理誘導ショーへようこそ”


ちーちゃんは、

少しだけ照れくさそうに笑う。


「学生時代にやってたやつ、

なんかSNSで話題になってたらしくて」


「“またやってほしい”

って声が結構来てて」


「上にも相談したら、

“活動として問題ない範囲なら”

って許可出たから」


少し間。


「……再開することになった」


静かな部屋。


ちーちゃんは、

こちらの反応を探るみたいに見ていた。


きっと。


迷っていたんだと思う。


今の俺へ、

ショーの話をしていいのか。


昔みたいに、

笑って参加できる状態なのか。


ちーちゃんは、

ゆっくり続ける。


「別に、

無理して来なくていいからね」


「ただ……」


少しだけ笑う。


「一応、

ちゃんと伝えとこうかなって」


その言い方が。


なんだか、

少しだけ嬉しそうだった。


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