第十一話 『言うか、言わないか』
診断書を受け取った帰り道。
空は曇っていた。
でも、
少しだけ呼吸は楽だった。
“適応障害”
“抑うつ状態”
紙に書かれた文字を見ても、
最初は実感がなかった。
ただ。
ちーちゃんに言われた、
> 「ちゃんと疲れ切ってる」
その言葉だけは、
妙に残っていた。
◇
会社には、
短く連絡した。
『辞めます』
電話口の上司は、
何か言っていた。
でも。
もう、
頭へ入らなかった。
怖くないわけじゃない。
将来も不安だった。
でも。
あのまま続ける方が、
もっと壊れそうだった。
◇
それから。
週に一回。
俺はカウンセリングへ通うようになった。
最初は、
うまく話せなかった。
「最近どう?」
そう聞かれても、
「まあ……普通」
くらいしか出てこない。
でも。
ちーちゃんは急かさなかった。
無理に掘り返さない。
沈黙があっても、
待ってくれる。
その空気が、
少しずつ楽になっていった。
「ちゃんと寝れてる?」
「前よりは」
「ご飯は?」
「昨日コンビニのやつ食べた」
「えらい」
「子供扱いするな」
「でも前、“食べる気しない”
って言ってたじゃん」
そんな会話を、
何度も重ねた。
気づけば。
昔みたいに、
少しずつ言葉が出るようになっていた。
◇
「……で、その上司がさ」
ある日のカウンセリング。
俺は、
気づけば会社の愚痴をかなり喋っていた。
前なら、
こんな風に話せなかったと思う。
ちーちゃんは、
メモを取りながら頷く。
「うん」
「それ、
かなりしんどかったね」
否定しない。
説教もしない。
ただ、
ちゃんと聞いてくれる。
その安心感に、
自分でも驚くくらい、
話してしまう。
「……なんか」
ソファへ背中を預けながら呟く。
「ここ来ると、
ちょっと頭静かになる」
ちーちゃんは、
少しだけ笑った。
「ならよかった」
その笑い方が、
昔よりずっと柔らかくなった気がした。
◇
カウンセリング終了後。
次回予約のため、
ちーちゃんがスケジュール表を開く。
「じゃあ次……」
そこで。
動きが止まった。
ほんの一瞬。
でも。
今まで自然だった動きが、
急に止まったのがわかった。
「?」
思わず首を傾げる。
ちーちゃんは、
一度視線を落としてから、
小さく息を吐いた。
「……あー」
「どうした?」
「いや、その」
珍しく、
言葉を選んでいる。
ちーちゃんは、
こういう時、
普段ならもっと自然に喋る。
でも今は違った。
少し迷っている顔。
「来週……」
そこまで言って、
また止まる。
俺は、
なんとなくその続きを待った。
ちーちゃんは、
数秒考えてから、
小さく苦笑する。
「実はさ」
「来週、
ショーやるんだよね」
その瞬間。
頭の中で、
昔の会場の空気が浮かんだ。
照明。
笑い声。
“心理誘導ショーへようこそ”
ちーちゃんは、
少しだけ照れくさそうに笑う。
「学生時代にやってたやつ、
なんかSNSで話題になってたらしくて」
「“またやってほしい”
って声が結構来てて」
「上にも相談したら、
“活動として問題ない範囲なら”
って許可出たから」
少し間。
「……再開することになった」
静かな部屋。
ちーちゃんは、
こちらの反応を探るみたいに見ていた。
きっと。
迷っていたんだと思う。
今の俺へ、
ショーの話をしていいのか。
昔みたいに、
笑って参加できる状態なのか。
ちーちゃんは、
ゆっくり続ける。
「別に、
無理して来なくていいからね」
「ただ……」
少しだけ笑う。
「一応、
ちゃんと伝えとこうかなって」
その言い方が。
なんだか、
少しだけ嬉しそうだった。




