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第十話 『再会』

## 第十話 『再会』


社会人になってから。


時間の流れは、

驚くほど早かった。


朝起きて。


会社へ行って。


帰って。


寝る。


その繰り返し。


最初は、

ただ忙しいだけだと思っていた。


慣れれば大丈夫だと。


みんなこうなんだと。


そう思っていた。



「これ、今日中」


デスクへ書類が置かれる。


時計を見る。


二十二時半。


「……はい」


返事をする。


それしかできない。


上司は、

こちらを見もしない。


「あと前の修正、

全然なってないからやり直し」


「え……でも、確認の時――」


「言い訳いいから」


冷たい声。


周囲も静かだった。


誰も助けない。


いや。


助けられないのかもしれない。


自分の仕事で、

精一杯だから。


終電。


コンビニの明かり。


スマホ画面。


何を見ても、

頭へ入ってこない。


気づけば、

ぼーっと歩いていた。


“消えたいな”


その言葉が、

頭へ浮かぶ。


最初は、

一瞬だった。


でも。


だんだん回数が増えた。


疲れた。


苦しい。


逃げたい。


消えたい。


その繰り返し。



ある日。


会社のトイレで、

急に息ができなくなった。


視界が狭い。


呼吸が浅い。


手が震える。


“やばい”


そう思うほど、

余計苦しくなる。


結局その日は、

早退した。


家へ帰っても、

何もできなかった。


ただ、

天井を見ていた。


スマホが光る。


SNS。


ニュース。


動画。


どれも、

遠い。


その時。


ふと。


昔のショーを思い出した。


心理誘導。


催眠。


“安心すると、人は力を抜ける”


そんな言葉。


自然と、

検索欄へ指が伸びていた。


> 『カウンセリング 心療相談』


いくつか表示される。


正直、

半信半疑だった。


でも。


もう、

何でもよかった。


誰かに、

少しだけでも、

この状態を止めてほしかった。



数日後。


小さなカウンセリングルーム。


白い壁。


観葉植物。


静かな照明。


受付の人に案内され、

ソファへ座る。


心臓が妙にうるさい。


“何話せばいいんだ”


“こんなの甘えじゃないのか”


“もっと大変な人いるだろ”


そんな考えばかり浮かぶ。


「では、どうぞ」


扉が開く。


案内されるまま、

部屋へ入る。


机。


ソファ。


本棚。


そして。


そこに座っていた人を見て。


思考が止まった。


黒髪。


柔らかい声。


少し大人っぽくなった顔。


でも。


間違えるはずがなかった。


「……ちーちゃん?」


その人は、

一瞬だけ目を丸くした。


そして。


ゆっくり笑う。


「……え」


少し困ったように。


でも、

どこか懐かしそうに。


「うそ」


静かな部屋で。


その声だけが、

昔と変わらなかった。


「久しぶり」


数年ぶりの再会だった。



しばらく、

お互い止まっていた。


最初に動いたのは、

ちーちゃんだった。


「あー……」


小さく笑う。


「なるほどね」


「え」


「受付で名前見た時、

どこかで見覚えある気がしたんだよね」


「いやでも、

まさか本当に君とは思わなかった」


ちーちゃんは、

少しだけ肩を揺らして笑った。


昔より、

落ち着いた笑い方だった。


でも。


その空気に、

少しだけ安心する自分がいた。


「……そっか」


ちーちゃんは、

机の上へファイルを置く。


「じゃあ改めて」


少しだけ、

仕事用の柔らかい声になる。


「今日は来てくれてありがとう」


その言葉が。


思ったより、

胸へ刺さった。


来てくれてありがとう。


会社では、

最近そんなこと、

言われた記憶がなかった。


ちーちゃんは、

こちらの反応を急かさない。


昔みたいに、

すぐ読み解こうともしない。


ただ。


静かに待っている。


「……こんな姿、見せたくなかった」


気づけば、

言葉が漏れていた。


ちーちゃんが、

少しだけ目を細める。


「え?」


「……ひどいだろ、今」


自分でもわかっていた。


髪はぼさぼさ。


無精ひげも伸びている。


スーツだって皺だらけだった。


風呂に入る気力すら、

最近はなかった。


最低限、

会社へ行くためだけに動いて。


帰ったら、

そのまま倒れるように寝る。


そんな生活。


「前会ってた頃と、

全然違うし」


笑おうとして。


うまく笑えない。


「ショー来てた頃の俺、

もっとちゃんとしてたのにな」


言ってから、

少し後悔する。


こんなの、

困らせるだけだ。


でも。


ちーちゃんは、

変な顔をしなかった。


引きもしない。


驚きもしない。


ただ、

ゆっくりこちらを見ていた。


「……そっか」


その声は、

すごく静かだった。


「頑張ってたんだね」


その瞬間。


胸の奥が、

少しだけ痛くなる。


「……頑張れてないから、

こうなってるんだろ」


反射的に否定する。


すると、

ちーちゃんは小さく首を振った。


「違うよ」


即答だった。


「頑張ってたから、

限界超えちゃったんだと思う」


静かな声。


責める感じは、

全くない。


「人って、

本当に無理になると」


「お風呂とか、

ご飯とか、

そういう“普通のこと”

からできなくなる時あるんだよ」


「だから今の君、

怠けてるわけじゃない」


少し間。


「ちゃんと、

疲れ切ってる」


その言葉を聞いた瞬間。


何かが、

少しだけ崩れそうになる。


ちーちゃんは、

こちらの見た目を、

一度も嫌そうに見なかった。


ぼさぼさの髪も。


無精ひげも。


目の下の隈も。


全部。


“今そういう状態なんだ”

として受け止めている。


昔みたいに、

心理を読むというより。


ただ、

そこにいてくれる感じ。


「……」


言葉が出ない。


ちーちゃんは、

そんなこちらへ、

柔らかく笑った。


「それに」


少しだけ悪戯っぽく続ける。


「昔から、

無理して平気そうな顔するの、

あんまり上手くなかったし」


思わず、

少しだけ息が漏れる。


笑ったのか。


泣きそうだったのか。


自分でも、

よくわからなかった。


でも。


気づけば。


さっきまでより、

少しだけ呼吸が楽になっていた。



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