第603話 王族に一番必要な能力
震撼王ゲシュタリア……パステリア未来で俺たちを襲ってきたあの精霊の名前がここで登場か。
あの時は単身で出現したけど、こっちの世界に留まってる精霊でチームを組んでるってことか? だとしたら相当厄介だ。
でも、奴はまだいい。真っ当な敵だから。問題はもう一つの方だ。
「野良精霊軍は基本、モンスターとの対立が根深い奴らだ。だから人間を一方的に襲うことは殆どないが、逆に手を組もうって連中でもない。ファッキウが組みそうな相手を想定しているんだったら……」
「ジュンジョアーナ教団の方ですか」
第二王子、皮肉交じりの鼻息で肯定。当然だけど奴らの悪評は王族にも知れ渡ってるか。国教だもんな。
まあ俺も、組織としてのジュンジョアーナ教団を良く知ってるって訳じゃない。あくまで特定の神父のイカれ具合を目視しただけだ。パステリア未来での説明は『宗教団体として決定的な破綻はなく、だからこそ厄介』って論調だった。
これ、ファッキウにも当てはまるんだよな。奴も大分ヤバめな人間だけど、じゃあ無条件で排除すべき存在かと言われると……そこまでじゃない。あくまで慣例や常識の範囲内で自分の野望を叶えようと画策するタイプだ。
親和性は高い。何より主張が似ている。
『僕は既にルウェリアさんと激しく性交渉する事は諦めた』
『ルウェリア親衛隊は決してルウェリアさんとの性交を目的とはしていない。寧ろあの方の貞操を守る為にこそ存在しているんだ』
……思えば初対面時からあの野郎の言動はジュンジョアーナ教団の神父に通じるところがあった。俺が過去世界で遭遇したアリエナス神父と同じで、下ネタがオープン過ぎるんだ。
これ、もしかして以前から繋がってたパターンもあるんじゃないか?
娼館とジュンジョアーナ教団は似ているようで真逆の存在。性を快楽と割り切る娼館に対し、ジュンジョアーナ教団は子孫を残すことを絶対視している。よってこの二つの組織が手を結ぶことはない。
でもファッキウは娼館と女帝を拒絶していたし、その姿勢を貫いている。
これは……ガチであるな。前々から怪しいと睨んではいたけど、いよいよ状況証拠が揃ってきた。
ジュンジョアーナ教団、ジスケッド、そしてファッキウ。この一大勢力がソーサラーギルドの支配を目論む第三王子メルピノフェルミンの後ろ盾。この可能性は極めて高い。
となると、第一王子が組んでいるのは誰なんだろう。
……なんか人間関係が面倒臭い方向にいきそうで嫌だなあ。これ判明したら第一王子メッチャ病みそう。
「ジュンジョアーナ教はな……メルピーの野郎が昔から入れ込んでる宗教なんだよ。あのバカは昔から主張が強くて鬱陶しいトコがあってな……オレとは一番ウマが合わねー」
「単に勢力として利用している訳じゃなく、思想的な結び付きがあるってことですか?」
「だろーな。オレも深入りしたくねーから詳しいことは聞いてねー。ただ、昨日今日の付き合いじゃないのは間違いねーな」
マジか……これはちょっと予想外だ。あの変態宗教にドップリとなると、先日のティシエラ女神杯で見せた多弁さはほんの序の口かもしれないな。こりゃ一躍一番厄介な勢力に格上げだ。
「お前も知ってるだろうが、冒険者ギルドとソーサラーギルドは表面的には協力し合っていても実際にはライバル意識バチバチだ。もしヴェル兄が冒険者ギルドを、メルピーがソーサラーギルドを牛耳った場合……」
「両王子が対立するのは避けられない……」
「そうだ。オレはそいつを阻止しなきゃならねー。次期国王が弟と骨肉の争いなんてやってたら国民に示しがつかねーからな」
意外とまともなことを仰いますね第二王子。敵意を向けられていた所為で心象良くなかったけど、彼は比較的常識人の部類らしい。重度のブラコンだけど。
「アグァンテンダント様は五大ギルドのうち職人ギルドの支配に着手しているとのことでしたが、実際に支配する御意志は?」
「ねーな。職人の仕事になんざこれっぽっちも興味ねーし。オレは第二王子として、ヴェル兄の覇王道を支えるのが使命ってヤツよ」
ヤダこの人、中身もイケメン……! 言葉遣いが粗暴だからオラオラ系かと思いきや、なんて献身的な……ブラコン呼ばわりしてすみませんでした。
「お前はどうだ? お前にも使命ってのはあるのか?」
「使命と言えるかどうかはわかりませんが、俺はこの城下町を守る為にギルドを運用しています。ただ、今はそれよりも御主人……ベリアルザ武器商会の主人を助けることを最優先にしています」
「……つまり、オレらを憎んでいるってことか」
「王族が血を絶やさないことを最優先する、その使命感と志に異を唱えるつもりは一切ございません。それでも、俺には現状を許容することができません」
「……」
王族相手に否定的な意見を述べることがどれだけ非常識かは理解してるつもりだ。俺もそれなりにこの世界でやってきてる訳だし、その価値観への理解も深まってはきている。
それでも、俺には『王族と御主人の命を天秤に架けて御主人を見捨てる』って選択はあり得ない。人としてとか、倫理観とか、そういう話じゃない。俺個人の気持ちの問題だ。
「偽らざる本音だな。そう顔に書いてある」
一応、俺の心は第二王子に伝わったらしい。あくまで伝わっただけで、理解を得ることはできないだろうが……
「悪いがオレも許容はできねー。オレが死ぬかジュリアーノが死ぬかって話になれば、オレは迷いなく保身を選ぶ。ジュリアーノがお前でも、他のどの国民でも同じだ。それが王族の使命だからな」
御主人の本名をちゃんと知っている。その事実が、彼の言葉を決して軽くは感じさせなかった。
「けどよ……情けないとも思ってんだ。その件だけじゃねー。王族として国の為に何もできちゃいねー現状は当然自覚もしてるしな。何より、オレたちが全員不在でも国はちゃんと回ってるし国政も国交も影響なくやれている。オレたちの存在なんてちっぽけなもんさ」
「それは貴方がたが代理に相応しい人間を指名したからでしょう。重要なことです」
「まーな。自分たちが動けない時に誰を指名して任せるか。自分たちにできないことを誰にやらせるか。もしかしたら、オレたち王族に一番必要な能力はそれなのかもしれねー」
どうやら、俺が思っていた以上にこの第二王子は苦しんでいたらしい。もしかしたら他の王子も同じかもしれない。それぞれ考えや感じ方は違っていても、王族って立場と現状の狭間で常に押し潰されそうになっているのかも。
それを過小評価していたことは素直に反省しなきゃいけない。
「第二王子アグァンテンダント様。俺が貴方を訪ねた目的は一つだけです」
それでも譲れないことはある。
「どんな些細な情報でも構いません。凶禍ゲノムを消滅させる方法について、何か御存知ないでしょうか?」
「お前が、オレたちの呪いを解いてくれるっていうのか?」
「御主人に降りかかった呪い、です」
同じようでその二つには大きな違いがある。もし御主人に集中している呪いを再び王家や王城に分散できる方法があるのなら、俺は躊躇わずそれを行使する。王子たちがどれだけ抵抗しても。
本当は、この主張はしない方が良い。王子たちに媚びて情報を集めて、俺を味方だと信じ込ませていた方が行使はしやすいだろう。
だからこの述懐は、俺なりの第二王子への敬意だ。
「……オレとお前は味方同士って訳じゃなさそうだな」
「恐らくそうなりますね」
「だが、呪いが本当に消せるのなら、それがオレにとっても、ヴェル兄や父上にとっても一番の結果だ。そいつは間違いねー」
第二王子はニヤリと笑う。一応俺のことを認めてくれた、ってことなんだろう。
「凶禍ゲノムは精霊由来の呪いだ。当時の王と精霊が共同で王城を建てた際、精霊が人間への友情の証として聖噴水を贈り、誓いの証として城に呪いを付随させた」
その話は始祖からも聞いている。つまり信用できる話ってことだ。
「呪いを解くには、精霊の力が必要になる。だが並の精霊じゃダメだ。精霊王アインシュレイルか、そいつと同等の力を持った精霊じゃなきゃ解除はできないだろな」
「人間界にそのレベルの精霊がいますか?」
「わからん。震撼王ゲシュタリア程度じゃ厳しいだろうが、もしかしたらヤツの勢力の中にそのレベルの精霊がいる……かもしれねー。望みは薄いがな」
確かに可能性は低そうだ。でも震撼王もかなりハイレベルな精霊と思われる。そいつの知り合いの中に格上の精霊がいれば、もしかしたら凶禍ゲノムを消滅できるかもしれない。
となると、次に接触すべき相手は震撼王ゲシュタリアとその一味か。
パステリアはこのことまで把握していて、俺に震撼王ゲシュタリアとコレットたちの戦いを見せたんだろうか……?
もしそうなら、奴は今頃グランディンワームを捕食する為に城下町近辺をウロウロしている筈。自力で探すしかなさそうだ。
「……お前、他の王子にも会ってるっつってたな。五人の中の誰に付くか決めたか?」
「いえ。特には」
「なら話は早ぇー。オレに付きな。悪いようにはしねーよ」
またか。なんで俺、王子様にはやたら気に入られるんだ? 御主人のことがあるから正直仲良くしたくないし、嬉しくもないんだよな……
「五大ギルドの支配に関しては、賛成できる立場じゃないので」
「だったら尚更オレだ。オレは職人ギルドを支配する気はないからな」
……確かに。それにこの人は態度の割に穏健派だ。俺の考えにも一番近い気がする。
だったら、ここで完全に拒否する必要はないな。
「実は第五王子にも誘われていまして、結論は明後日出すようにと言われています」
「……ふ」
駆け引きを一切放棄した俺の暴露に、第二王子は暫く顔を伏せ――――
「フルオープンじゃねーかお前! 気持ち良いことしやがって! 道理でヴェル兄が気に入る訳だ!」
その後、愉快そうに笑っていた。




