フェンスの向こう側
私を止めたのは
「瀬尾さん・・・」
老人の弱弱しい腕で、私の腰にしがみつく瀬尾さん。
「いつから・・・?」
「最初からだ。
もっといえば、君がここに来る前からだ」
私を放さない、とでもいうように瀬尾さんはしがみついたまま。
「芽衣ちゃん、君は命を自ら絶つのか?」
「・・・」
「60年以上前、戦争があったのは君等も知っているだろう。
その時、どれ程の人が亡くなったのか、君は知っているのか?」
何も、言えない。
「私は生きようと、必死に逃げた。
それは、皆一緒だった。
しかし、何よりも生きることを望んでいた者達が死んだんだ。
それも、1人や2人じゃない」
丸眼鏡の奥の瞳が、私の心を貫く。
「しかし、君はまだ生きることができる。
まだ半世紀も生きていない。
世の中を知らなすぎる」
2度目。
命を絶つことを止められたのは。
「今は確かに、辛い。
君の心が何度折れたのか、わたしは知らない。
けれど・・・まだ死ぬのは早いんじゃないのか?」
不思議。
瀬尾さんは決して強い口調で言っているわけじゃない。
けど、言葉の一つ一つに力を感じる。
「わたしがなぜここに入院しているか、知っているか?」
「「え・・・?」」
晃も私も、知らなかった。
「末期癌なんだ・・・。
全身に転移していて、もう手遅れだ」
「瀬尾さんが・・・・癌??」
嘘だよ。
そう言って、いつもみたいに優しく微笑んで・・・。
「ああ、そうだ」
私の希望はあっさりと消えた。
「そ・・・そんなぁ・・・」
「だから、君等若い世代には一日でも長く生きてほしい。
そして、命の尊さを知ってほしい。
例え、どんなに辛い時でも」
私はどこまでも愚かだ。
生きるべき人間が死に、死ぬべき人間が生きる。
死ぬべき人間にできること。
それは、
「瀬尾さん・・・私、生きます・・・生きたいです・・・」
私は掠れた声で、瀬尾さんに言った。
「それでこそ、君だ」
私の大好きな笑顔で、微笑んでくれる瀬尾さん。
力なんか、抜くべきじゃなかった。
緊張感が消え、力を抜いた瞬間。
フェンスを掴んでいた手が滑り、私の上半身は支えを失った。
重い頭がある上半身に下半身は引っ張られて、私は逆さまになりながらフェンスの向こう側に投げ出された。
「芽衣ぃぃぃぃぃ!!!」
晃の声が聞こえる。
遥か遠くに、アスファルトが見える。
私の身体は、何もない空に放られた。




