↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つ星シェフ、街角の屋台から始める異世界グルメ  作者: Green Rabbit
第二部・世界航海&魔境ダンジョン編
PR
98/127

第11話 地下水脈の恵み


 荒い息を吐き出しながら、シェラが倒れ伏した巨蟹の首元から慎重に長剣を抜き抜いた。


 巨大な躯体からすーっと力が抜け、静寂が地下洞窟へと戻ってくる。激流の水音が、再びドーム状の空洞に響き渡り始めた。


「手応えがあった……。レオン、あんたの投げ石と指示がなかったら、あの一瞬の隙に刃は届かなかった」

「お互い様さ。あのわずかな隙間を一撃で正確に撃ち抜ける剣術なんて、そうそう見られるもんじゃない」


 レオンは荒れた息を整えると、腰の道具袋から手入れの行き届いた太身の出刃包丁と、関節を割るための頑丈な骨スキ包丁を取り出した。


 巨蟹の体躯は馬ほどもあるが、そのまま放置すれば体内の自己消化酵素と残血によって、あっという間に身が傷んでしまう。ましてやここは湿度の高い地下洞窟だ。一刻も早く下処理を済ませる必要があった。


「よし、船の冷気陣へ運ぶ前に、この場で素早く血抜きと解体を済ませるぞ」

「ここで捌くのか? これほどの巨体、どこから手をつければいい?」

「甲殻類は関節と可動膜が命だ。力任せに甲殻を叩き割ると、殻の破片が身に刺さって繊維を潰してしまうし、旨味の汁も全部逃げてしまう」


 レオンは包丁の背で甲殻の繋ぎ目を軽く叩き、手応えと厚みを確認すると、ハサミの根元にある白い関節膜へすっと刃先を滑り込ませた。


 力を込めて強引に切るのではなく、筋の走る方向へ刃筋を一定の角度で引いていく。それだけで、あれほど強固だった大きなハサミが、吸い込まれるように関節から滑らかに切り離された。


「……信じられん手際だな。まるで最初からそこに刃が入る道が決まっていたかのようだ」

「肉の重なりと関節の構造を見極めれば、包丁は自然に進むんだ。シェラ、脚の根元を少し引いて固定してくれ」

「あ、ああ」


 シェラの手助けを受けながら、手際よく両腕のハサミと六本の脚を切り分けると、甲殻の隙間から透き通るような白身が覗いた。激流に揉まれて鍛え上げられた身は、筋肉の繊維が限界まで詰まり、信じられないほどの弾力とハチ切れんばかりのハリを保っている。


 最後に、巨体の中心にある甲羅の縁へ頑丈な包丁を差し込み、慎重にテコを効かせてゆっくりと引き上げた。


 ぱかりと重い音を立てて甲羅が開くと、中から芳醇で甘い香りを放つ、濃厚な黄金色の蟹味噌がたっぷりと現れた。


「これは……すごいな。生臭さがまったくなく、濃厚な出汁の香りが立っている」

「激流の綺麗な水と餌だけで育った証拠だな。この味噌はソースのベースに使ってもいいし、甲羅のまま火にかけて酒の肴にしても絶品だ」


 解体した部位を清潔な布巾で手早く包み直していると、レオンの視線が水脈の岩肌で光る白い結晶に留まった。


 地下水脈の激しい飛沫が岩肌に付着し、地熱と洞窟内の風によって自然に結晶化した天然の『鉱泉岩塩』だ。


 レオンは結晶を少し指で削り取り、舌の先に載せて味わってみた。


「……角がないな。強い塩気の中に、ミネラル由来のまろやかな甘みが残る。あの魚醤とハーブの風味を支えるには最高の塩だ」

「地下水脈の塩か。食材だけでなく、極上の調味

料まで手に入るとはな」


 背嚢へぎっしりと極上の身と蟹味噌、そして岩塩を詰め込むと、二人は心地よい達成感とともに『アルティザン号』の待つ港へと足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。