第4話 巨樹の迷宮
翌朝。『アルティザン号』の船内で、今後の行動方針についての話し合いが行われていた。
食堂のテーブルに広げられたのは、サン・ロザリアの港で手に入れた『巨樹の迷宮』の地図だ。
「俺とエレナは船に残るぜ。燃料や水、野菜の補給もあるしな」
バルトが太い腕を組みながら言った。エレナも手元の魔導工具を弄りながら頷く。
「船倉の大型保冷陣も、南国の熱気で負荷がかかってるから調整しておきたいの。……二人が持って帰ってきた珍しい食材を、いつでも急速冷凍できるように準備しておくわ」
「助かる。現地の魔物肉は、仕留めてからの温度管理が命だからな」
レオンは出刃包丁と保冷用の小型魔導箱を鞄に詰め、背の大剣の点検を終えたシェラとともに甲板へ出た。
「よし、行こうレオン。ダンジョンの深層は久々だが……腕が鳴るな」
* * *
街の裏手に広がる『巨樹の迷宮』は、見上げるほどの巨木が複雑に絡み合い、樹木の内部がそのまま巨大な洞窟のようになっている特殊なダンジョンだった。
生い茂る熱帯の葉が日光を遮り、樹内には湿った空気と独特の甘い香気が立ち込めている。
「静かだな……」
「油断するなよ。この香りは、迷宮の奥に群生している『香木樹』の香気だ。そして……この香りに引き寄せられる凶暴な鳥形魔獣がいる」
シェラが足音を殺し、長剣に手を添えて先を急ぐ。
樹洞の階層を深く降りていくにつれ、果実が熟したような濃密な香りが強くなってきた。その時、頭上の太い枝から、鋭い羽ばたきとともに巨大な影が飛び出してきた。
鮮やかな翡翠色の羽を持つ、体長二メートルを超える鳥型魔獣、『香木鶏』だ。
金属のように硬いクチバシを突き出し、レオンめがけて急降下してくる。
「シッ!」
踏み込んだのはシェラだった。
急降下の軌道を完璧に見切り、横合いから振り抜かれた大剣が一閃する。空中で激しい打撃音が響き、香木鶏は羽を散らしながら地面へと叩きつけられた。
苦悶の声を上げる間もなく、シェラは短剣を手に取ると、首筋の動脈を一突きの精度で断ち切った。
「見事な血抜きだ」
「あんたに教わった通りにしただけだ。血が回ると肉が不味くなるんだろ?」
手慣れた手つきで処理を終えたシェラが、息一つ乱さずに振り返る。
レオンはしゃがみ込み、まだ温かい香木鶏の羽をかき分けて肉質を確かめた。胸肉の弾力、皮下に蓄えられた適度な脂、そして何より、肉自体からほんのりと漂う、柑橘とハーブを混ぜ合わせたような爽やかな香り。
「凄まじいな……。香木樹の実ばかりを食べて育ったおかげで、身自体に天然のハーブの香りが染み込んでいる」
「一羽確保できたな。だが……せっかく潜ったんだ。もっと奥まで探索を広げるぞ、シェフ」
シェラは手際よく内臓を抜き取って肉を冷気箱へ収めると、さらに樹洞の奥へと視線を向けた。
* * *
さらに下の階層へと進むと、湿度は最高潮に達し、巨大な木の根が複雑に絡み合う広大な空間に出た。
「おい、レオン。あそこを見ろ」
シェラが指さしたのは、巨樹の幹にへばりつくように自生している鮮やかなエメラルドグリーンの苔と、根元に群生する小さな赤い実だった。
「これは……『シトラス・モス(柑橘苔)』に、屋台で聞いた『焔果実』の原種か?」
レオンがナイフで削ぎ落として香りを確かめると、強烈なレモングラスのような清涼感と、ピリッとした刺激的な芳香が鼻腔を突き抜けた。
「屋台のタレの正体はこれか。乾燥した市販品とは香りの立ち方がまるで違う。この新鮮なハーブとスパイスがあれば、香木鶏の旨味を何倍にも引き立てられるぞ」
夢中で採集を進めるレオンの傍らで、シェラは周囲の警戒を怠らない。
「ふ……食材を前にした時のあんたの顔は、本当に楽しそうだな」
「職人の性分だからな。よし、香木鶏もハーブも十分な量が確保できた。この新鮮なうちに船へ持ち帰ろう」
「了解だ。……バルトたちを驚かせてやるか」
未知の極上食材と極上のスパイスを手に入れた二人は、満足のいく収穫を手に、アルティザン号の待つ港へと引き返した。




