第3話 熱帯の屋台街
『アルティザン号』が寄港したのは、南方大陸の玄関口と呼ばれる港都市『サン・ロザリア』だった。
港に降り立った瞬間、肌を刺すような強い日差しと、熱気を含んだ潮風が吹き抜ける。王国の気候とはまるで異なる暑さの中、石畳の通りには鮮やかな赤や黄色の果物、見たこともない乾物が並び、独特の香辛料の匂いが充満していた。
「賑やかな街だな。……それにしても蒸し暑い」
緑のケープを少し緩めたシェラが、周囲を鋭い目で見渡しながら呟く。
「日差しが強くて腐敗が早い環境だからな。この街の食文化がどう発達しているか、まずは見て回ろう」
レオンは出刃包丁の入った鞄を肩にかけ直し、活気あふれる屋台街へと足を向けた。
* * *
通り沿いには、モクモクと激しい煙を上げる屋台が立ち並んでいた。
特に目を引いたのは、巨大な鳥肉を串に刺し、直火の炭火で豪快に焼き上げている屋台だ。店主の男は、ドロッとした赤黒いタレを繰り返し肉に塗りたくり、激しい炎を上げさせている。
「いらっしゃい! 採れたての『走竜鳥』の串焼きだよ! 特製のスパイスダレで精がつくぞ!」
威勢の良い声に引き寄せられ、レオンとシェラは焼きたての串焼きを一本ずつ買い求めた。
串を手にしたシェラが、迷いなくかぶりつく。
「……ん。肉自体は少し硬いが、味付けは悪くないな。かなり辛いが、後味がさっぱりしている」
レオンも一口噛み締めた。
噛み応えのある肉質から、強い炭の香りと激しい辛みが広がる。だが、肉の奥にほのかな酸味とナッツのような油脂のコクが感じられた。
(なるほど……。この気温だ、生肉の保管が難しく臭みが出やすい。だから強烈な直火で表面を焼き固めつつ脂を落とし、強い辛みとナッツの油分で臭みを覆い隠しているんだな)
王国の雑な煮込み料理とは違い、この過酷な暑さを生き抜くための「防腐と臭み消しの知恵」がしっかりと根付いている。
(ただ……遠赤外線の火力が強すぎて、肉の水分が飛び、タンパク質が凝固して硬くなっている。あらかじめ柑橘の酸で肉質をほぐすか、低温でじっくり火を入れれば、もっとジューシーに化けるな)
プロとしての分析を深めているレオンの横で、シェラはすでに二本目の串を淡々と平らげていた。
「次に行こう、シェフ。あっちの屋台もいい匂いがする」
* * *
次に足を止めたのは、氷を使わずに魚介を扱う小汚い屋台だった。
店主は手際よく白身魚を小さく切り分けると、現地特有の強烈な酸味を持つ黄色い果汁と塩、刻んだハーブを和え、生のまま深皿へ盛り付けて差し出してきた。
「はいよ、魚介の酸味和えだ!」
受け取ったシェラがスプーンですくい、口へ運ぶ。
「……ん、冷たくはないが、身がキュッと引き締まっている。さっぱりしてていくらでも食えそうだな」
レオンも一口味わい、目を見張った。
(加熱していない……。生の魚を柑橘の強酸に漬け込むことで、クエン酸の力でタンパク質を変性させて締め、同時に雑菌の繁殖を抑えている。フレンチでいう『セビーチェ』の技法そのものだ)
コールドチェーン(保冷流通)がないこの世界で、直火焼きと並んで発達したのが、この「酸とスパイスによる保存・調味」なのだろう。
「ほう……面白いな。局所的だが、理に叶った調理ノウハウが蓄積されている」
感心するレオンに、屋台の店主が胸を張って言った。
「だろ! だがな、本当に美味い肉やハーブは、こんな街中じゃ手に入らねえよ。街の裏手にある『巨樹の迷宮』の深いところに生息する魔物や植物は、もっと凄まじい味覚が詰まってるんだ」
「ダンジョン、か」
シェラが腰の長剣にそっと手を添え、口元をわずかに緩めた。
「どうやら、次の獲物の行き先が決まったみたいだな、レオン」
「ああ。どんな料理ができるか……試すのが楽しみだ」
熱帯の屋台街で新たな刺激を受けた二人は、未知の食材が眠る魔境へと視線を向けた。




