第82話 フュージョン
国家の命運を賭けた両国親睦の晩餐会。
グランの特設館には、ピリピリとした緊迫感が満ちていた。
上座には、サン・バルド帝国のヴァルター提督と宮廷料理長カルロス。対面には王国の外交官と衛兵隊長が並び、双方の警護兵が腰の柄に手をかけたまま鋭い視線を交わしている。
「フン、どんな豚の餌が出てくることやら」
カルロスが薄笑いを浮かべる中、給仕の手によって静かに第一の皿が運ばれてきた。
白磁の皿に佇んでいたのは、王国の誰も、そして帝国の者たちすら見たことがない料理だった。
型で美しく円柱状に仕立てられた、ツヤツヤと輝く『米』の台座。その上には、薄く繊細に引かれた黒マグロの大トロと赤身が重なり合い、艶やかな醤油のフォンドヴォー風ソースが極上の描線を描いている。頂点に添えられているのは、緑鮮やかな深山ワサビの極薄チュールだ。
「な……なんだこの料理は……!?」
カルロスが思わず立ち上がり、目を剥いた。
「『黒マグロと米のガストロノミック・セルクル』だ」
厨房から姿を現したレオンが、静かに語りかける。
「エレナが組み上げた鋳鉄厚釜で、米の糖度と水分を極限まで引き出しながら炊き上げ、熱いうちにバターと微量の柑橘、浅挽きの黒胡椒で風味を整えた。……そしてその上には、グランで上がった黒マグロ。ソースは、お前たちの『醤油』をベースに、熟成肉のコンソメと焦がしバターを詰めたフレンチのビノ・ノワール風ソースだ」
「バ……バカな!」
「冷めないうちに食べてくれ」
ヴァルター提督が静かにナイフとフォークを手に取り、美しく仕立てられた一塊を切り分けて口へと運んだ。
次の瞬間――提督の手がピタリと止まった。
「ッ!!」
口の中に広がったのは、ふっくらと炊き上がった米のやさしい甘みと、温かい米の体温でじわりと溶け出すマグロの極上の脂。そしてそれを完璧にひとつに束ね上げるのは、醤油の発酵した芳醇な香気と、コンソメの重厚な旨味だった。
仕上げのワサビのチュールが爽やかな鼻抜けをもたらし、脂の重さを一瞬でさらっていく。
「う……美味すぎる……!! なんだこれは……!? ソースの塩気とクセが、旨味と混ざり合って、とてつもない深いコクに変化している……!!」
ヴァルター提督が、格式も忘れて夢中でナイフを動かす。
「どれ、俺にも……! ……んぐっ!? う、うそだろ……っ! 我らのソイ・ソースが……こんな高貴で奥深い味に化けるはずが……っ!?」
カルロスも一口食べた瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。
ただ醤油をかけただけではない。米をただ炊いたのでもない。食材の分子レベルでの相性を見極め、異なる食文化を完璧なロジックで昇華させた、元現代人シェフ・クロキの真骨頂、『創作ガストロノミー』の圧倒的破壊力だった。
「どうだ、カルロス料理長」
レオンは静かに微笑み、冷えたグラスを差し出した。
「お前たちの持ち込んだ素晴らしい食材は、俺たちの冷たい技術と出逢うことで、ここまで高められる。……互いに争うより、この味覚をともに広げる方が、遥かに有益だと思わないか?」
グラスの中でシュワシュワと泡立つのは、あの『クラフトコーラ』だ。
一口飲んだヴァルター提督は、その突き抜ける清涼感と料理との完璧なペアリングに絶句し、やがて腹の底から大きな笑い声を響かせた。
「ハハハハハ! 見事だ、王国のシェフよ……!! この味を前にして、大砲を向けるなど愚の骨頂だな!」
気まずそうに下を向くカルロスをよそに、会場からは一斉に割れんばかりの拍手が巻き起こった。
銃声一発鳴らすことなく、ただ一皿の『創作料理』が、二つの巨大な国家を対等な絆で結びつけた瞬間だった。




