第79話 弾ける刺激
氷がカランと音を立て、漆黒の液体からシュワシュワと小さな気泡が弾け飛ぶ。
「な、なにこれ……見た目はすっごく不気味だし、黒い薬みたい……」
エレナは恐る恐るグラスを顔に近づけ、引きつった笑みを浮かべた。だが、鼻腔をくすぐったのは、爽烈な柑橘の酸味と、見た目からは想像もつかない甘く複雑なスパイスの香気だった。
「毒は入っていない。思い切って飲んでみろ」
「うぐぐ……レオンシェフがそう言うなら……!」
意を決して、エレナがグラスに口をつけ、一気に飲み干した。
次の瞬間――。
「っ〜〜〜〜ッ!?」
エレナの全身がビクッと跳ね上がった。
口の中に含んだ途端、無数の細かな泡が弾けて舌と喉を激しく刺激する。鼻に抜ける柑橘の爽やかさとバニラやシナモンの甘い香気、そして喉奥をキューッと締め付けるような爽快感。
「なにこれぇぇっ!? 口の中がパチパチ叩かれてるのに、すっごく甘くて爽やかで……喉がカァーッと熱いのに冷たいっ!?」
「それが『炭酸』だ。クセになるだろ?」
「クセどころじゃないわよ! こんな刺激的な飲み物、見たことも聞いたこともないわ……っ!」
目を輝かせるエレナを横目に、レオンは試作機とシロップの樽を保冷馬車へ積み込み、『ガストロノミー・レオン』へと戻った。
* * *
「な、なんですかこれはっ!?」
店に戻り、完成した『クラフトコーラ』を一口飲まされたルカが、目を丸くしてグラス二度見した。さらに一口、もう一口と、止まらなくなったように飲み干してしまう。
「スパイスの複雑な甘みと酸味が、この弾ける泡で一気に鼻へ抜けていきます……! シェフ、これ、まさか……」
「ああ。こってりとした肉料理や、脂の乗った料理との相性が抜群だ」
すかさずルカが仕込んでいた『熟成肉のステーキ・深山ワサビ添え』を焼き上げ、肉片を口に運んだあとに、間髪入れずにクラフトコーラを流し込んだ。
「ッ!! う、美味すぎる……!! 肉の脂がコーラの炭酸と酸味で一瞬で洗い流されて、またすぐに肉が食べたくなります……! 無限に食えますよ、これ!」
二階から降りてきたマルニやリゼにも振る舞うと、その未知の清涼感に全員が言葉を失った。
「見た目は怪しい黒い薬水だけど……これ、一度味を覚えたら病みつきになるわね」
コーラを一口飲んだマルニが、不敵な笑みを浮かべた。
「『ル・シェル』と『ガストロノミー』で、冷たい炭酸飲料として試出してみましょう。王都の連中、腰を抜かすわよ」
* * *
数日後。両店舗の看板に貼り出された一枚の紙。
『氷と炭酸の爽快黒飲料クラフトコーラ』
最初は「なんだその黒い水は」「薬草の汁か?」と怪しんでいた客たちだったが、好奇心旺盛な冒険者や貴族たちが一口飲んだことで、状況が一変した。
「な、なんだこの弾ける喉越しは……!?」
「肉料理と合わせると狂ったように美味いぞ!!」
「おい店主! このシュワシュワするやつ、もう一杯くれ!」
グラスの中でカラランと氷が響く音。喉を刺す爽やかな刺激。
一瞬で王都中に口コミが駆け巡り、連日『クラフトコーラ』を求める人々で店前には長蛇の列ができることとなった。
「ふう……やっぱりコーラは最高だな」
喧騒のなか、カウンターの隅で冷えたグラスを傾けるレオン。
コールドチェーンがもたらしたスパイスと冷気、そして魔法技術の融合。
元現代人シェフの「ただ飲みたかった」という個人的な我儘は、またしても王国の『食文化』を一段上のステージへと押し上げてしまったのだった。




