第7話 裏市のアルコール
翌朝。レオンはジャラリと音を立てる革袋を懐に押し込み、スラムのさらに奥にある『裏市』へと向かった。
泥と生ごみの臭いが立ち込める小道に、怪しげな露天商たちがシートを広げている。
売られているのは、どこから盗んできたかも分からないガラクタや、怪しげな薬草、身元不明の魔獣の部位だ。
(肉の火入れ(テクニック)は完璧になった。だが、今のままじゃ『旨い肉』の域を出ねえ)
三つ星の厨房で叩き込まれた基本、それは風味の層だ。
肉の脂にハーブの爽やかな香りをぶつけ、酒で臭みを引き締めつつ旨味を増幅させる。ソースの概念すらないこの世界で、香りと酸味を導入できれば、味覚の破壊力は跳ね上がる。
「いらっしゃい、ボクちゃん。可愛いお薬でも買っていくかい?」
歯の抜けた老婆が、濁った目で見上げてくる。
シートの上に並べられているのは、乾燥した枯れ葉や毒々しい色のキノコだ。
レオンはしゃがみ込み、鼻をひくつかせながら薬草の山に手を伸ばした。
指先で葉を軽く押し潰し、親指の腹で擦り合わせて匂いを嗅ぐ。
(……これはタイムに似た強い清涼感。こっちの紫の葉は……ローズマリーと野草を足して割ったような、ほろ苦い青臭さがある)
「おばさん、この乾いた緑の葉っぱと、その紫の枝。あとこのピリッとする実をくれ」
「おいおいボクちゃん、そいつは薬草の出殻(出ガラ)と、ただの魔除けの雑草だよ? 毒にゃならんが、喰っても腹の足しにもならんよ」
「いいから、これで足りるだろ」
レオンは銅貨三枚を放り投げた。老婆は「へっ、物好きなガキだ」と鼻で笑いながら、枯れ葉を汚い紙に包んで寄こしてきた。
ハーブ(香草)は手に入った。次は『酒』だ。
スラムの酒場へ出向き、裏口で仕込み用の安酒、ブドウの搾りかすから作った酸っぱい大衆酒を小瓶で買い取る。そのまま飲めば酸っぱくて頭が痛くなるような代物だが、料理用の果実酒としては上等だ。
(よし……これで『フランベ』と『アロマの付与』ができる)
ボロ小屋に戻ると、さっそく昨日の熟成オーク肉を取り出す。
丁寧に血抜きし、【微風】でペリクルを作った肉塊。
そこに、手で揉み潰した薬草の葉を擦り込み、安酒をひと振りして馴染ませる。
一時間後。
【微火】でじっくり温度を上げ始めると、小屋の中に立ち上ったのは、昨日とは比べものにならない、官能的なまでに芳醇な香りだった。
肉の香ばしさに、ハーブの爽やかな青い香りと、熱で飛んだアルコールの甘い芳香が重なり合う。
「……ふっ、これだよ」
鼻腔を抜ける香りの深みに、レオンの口元が自然と歪んだ。
ただ焼いただけの肉じゃない。
異世界の泥臭い素材と、西麻布で培ったアロマの技術が交差する、本当の意味での「ガストロノミー」が、ここから始まる。
「今日の客ども……腰抜かすぞ」
レオンはハーブの香りが染み込んだ包丁を手に取り、静かに刃を研ぎ始めた。




