第62話 白銀の衝撃
朝靄が王都の通りを薄く包み込む頃、新店舗『ル・シェル』の軒先には、すでに幾人もの人影が佇んでいた。
はじめは、スラムの屋台時代からの常連や、噂を聞きつけた物好きたちなのだった。だが、開店を告げる鐘の音が街に響き渡り、扉が開かれたその瞬間、出来立ての香ばしいタルト生地と、どこか涼やかな甘い香りが大通りへと流れ出した。
「お待たせいたしました。『ル・シェル』開店です!」
リゼの澄んだ声が響くと同時に、吸い寄せられるように客が店内へと流れ込んでいく。
「な、なんだこの店は……! まるで貴族の邸宅みたいにお洒落じゃないか」
「おい見ろよ、あのショーケースの中に並んでる真っ白なクリームの菓子……! あんなの見たことないぞ!」
広々としたカフェスペースは瞬く間に満席となり、テイクアウトの注文口にはあっという間に長蛇の列が出来上がった。
テイクアウトの箱を受け取った男が、我慢できずにその場で一口かじりつく。
「――っ!? なんだこれ……っ!」
周りの客が一斉に男へ視線を向けた。男は驚愕に目を丸くし、声もないまま手元のタルトを見つめている。
「サクサクした生地から、経験したこともないような上品で濃厚な甘みが広がる……! それに、この白いクリーム……甘いのに全然くどくない! 口の中で爽やかな酸味が弾けて、後味が驚くほど軽いぞ……!」
「おいおい本当かよ、俺にも買わせろ!」
「私にも! 家族の分も合わせて5個ちょうだい!」
口コミは瞬く間に大通りを駆け巡った。噂を聞きつけた裕福な市民や、噂好きの貴族の使者たちが我先にと押し寄せ、列は隣の区画にまで伸びていく。
厨房では、レオンの指揮のもとでルカとヴォルフが怒涛の勢いに寸分の狂いもなく追従していた。
「ルカ、生地の補充だ。焼き上がりまであと三分」
「おうよ! 型外しは完璧だ、どんどん持って来い!」
「テイクアウト用の箱詰め、リゼの手元へ回します!」
狂いなく回転する厨房のオペレーション。バルトがフロア全体を睨みを利かせながら客の流れをスムーズに誘導し、マルニは二階の特等席からティーカップの煙をくゆらせ、ニヤリと口角を上げた。
「……ふん、大成功ね。これじゃあ、あいつらの買い占めもただの笑い話だわ」
* * *
人混みの末端、大通りの陰からその様子を盗み見ていた男がいた。商業ギルドから派遣されたスパイだった。
「な……なんだあの行列は……! 蜜を使った菓子じゃない、見たこともない白くて洗練されたタルトだと……!?」
男は冷や汗をダラダラと流しながら、手に入れたばかりの『白銀タルト』を握りつぶしそうになりながら走った。この異次元の熱狂と品質を本部に報告しなければ、大変なことになる、そう直感していた。
* * *
夕刻。用意していた数千個の『白銀タルト』は、完売を告げる看板を掲げる間もなく完全に売り切れた。
静まり返った店内で、仲間たちが心地よい疲労感とともにテーブルへと腰を下ろす。
「ふう……とんでもない初日だったわね。まさか昼過ぎには売り切れそうになるなんて」
リゼが額の汗を拭いながら微笑むと、バルトが豪快に笑い声をあげた。
「ガハハ!見たかあのギルドの使者の青ざめた顔! 最高の出だしじゃねえか!」
「だが、これで向こうも本気で潰しにかかってくるだろう」
レオンは静かに冷たい水を口にし、仲間たちを見渡した。
その瞳には、勝ち誇る色ではなく、次なる商戦を見据える鋭い光が宿っていた。
「ここからが、本当の勝負だ」




