第60話 結集
スラムの地下実験室から香る甘いシロップの匂いが、地上へと薄っすらと漂い始める頃。
『ガストロノミー・レオン』の閉店後、普段は客を迎えるメインダイニングの大きな木製テーブルを囲み、新ブランド『ル・シェル』の主要メンバーによる本格的な幹部会が開かれていた。
「……さて。商業ギルドの古狸どもが、俺たちの流通網を干上がらせようと必死に動いてるのはお前らも知ってる通りだ」
レオンが腕を組み、テーブルの真ん中に置かれた王都の地図に視線を落とす。
その向かい側で、マルニがふんっと鼻を鳴らしながら足を組み替えた。
「表向きの小麦粉や乳製品は根こそぎ押さえ込まれてるわね。だけど安心してちょうだい。アタシが裏で手を回して、隣国の独立系ギルドから直通の極秘ルートを確保したわ。コストは少し跳ね上がるけど、品質は保証するわよ」
「さすがだな、地主様。だが、それだけじゃ守りに入ったままだ。相手に一泡吹かせるには、ただ材料を確保するだけじゃ足りねえ」
バルトがテーブルを軽く叩き、不敵な笑みを浮かべる。
その隣で、ヴォルフが腕を組んだまま、静かに首肯した。
「バルトの言う通りです。向こうは『スラムの奴らまともな菓子を作れるわけがない』と高をくくっている。ならば、圧倒的な物量と品質で、連中の予想を完全に踏み潰す必要がありますね」
「……だな。俺とバルトで仕込みと現場のオペレーションを完璧に仕上げる。調理のスピードも、これまでの『ガストロノミー・レオン』のノウハウをそのままスライドさせれば、初日から客をさばききれないなんてことはねえよ」
ルカが愛用の包丁を指先でクルリと回しながら、頼もしい声を響かせる。
厨房を預かる者たちの確固たる自信が、会議室の空気をぐっと引き締めた。
「リゼはどうだ。タルトの仕上げや、現場の女性陣の采配に不安はないか?」
レオンが視線を向けると、リゼは真剣な眼差しでメモの書かれた羊皮紙を差し出した。
「うん、バッチリよ! 白砂糖の甘みとカルピスの酸味のバランスも、昨日の試作で完璧に安定したわ。それに、貴族街の奥様方や若いお嬢さんたちの間で、すでに『次の新しい店でとんでもない極上のスイーツが始まるらしい』って噂がこっそり広がり始めているもの。宣伝はこっちから仕掛けなくても、勝手に火がつくわよ」
仲間たちがそれぞれの持ち場で完璧な準備を進めている。
その様子を頼もしく見つめながら、レオンは静かに口を開いた。
「よし。じゃあ、これからのスケジュールを最終確認する。店舗の改装は今週末で完了させる。仕入れはマルニの裏ルートを軸に、明日から極秘裏に倉庫へ搬入を完了させろ。そして……」
レオンの瞳に、鋭く冷徹な光が宿る。
「商業ギルドが俺たちの出鼻を挫こうと次の手を打ってくる前に、こちらから仕掛ける。王都の表通りに、世界で一番甘くて新しい時代の幕を開けてやるんだ」
荒くれ者から一流の職人、そして街の支配者までが一つに結集した瞬間だった。
王国全土を揺るがす巨大な商戦の歯車が、いま、凄まじい音を立てて回り始めようとしていた。




