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第58話 白銀のタルト


 スラムの地下実験室で白砂糖の量産化テストが佳境を迎える中、地上の厨房スペースでは、新ブランド『ル・シェル』の目玉となる具体的なスイーツメニューの試作会議が開かれていた。


「おい、レオン。新しく出す店のメニューだが、ただ甘いだけの菓子じゃ、目が肥えた貴族連中は飛びつかねえぞ。具体的にどんなもんを並べる気だ?」


 バルトが腕を組みながら、ジロリとレオンを見下ろすように尋ねる。その横でルカが、愛用の包丁を白布で丁寧に拭いながら、おもしろそうに鼻を鳴らした。


「だな。これまでの甘味といえば、ひたすら重くてくどい蜜を使った菓子ばかりだった。俺たちが仕掛けるなら、それとは一線を画す代物じゃねえとな」


 調理台の前に立つレオンの隣で、ヴォルフが真面目な顔つきで新しく精製された白砂糖の壺をじっと見つめ、リゼも手際よくタルト用の生地を練り上げながら静かにうなずいた。


「……ああ。だからこそ、あの『白砂糖』と『カルピス』を使うんだ」


 レオンは静かに語りながら、調理台の上に焼き上げたばかりのサクサクとしたタルト生地と、真っ白なクリームを並べた。


「生地には精製した白砂糖を練り込み、焼き菓子の香ばしさを極限まで引き上げる。そして、あの発酵乳酸菌飲料の爽やかな酸味を合わせ、軽やかな特製クリームと季節の果実を挟む。名前は、『ル・シェルの白銀(しろがね)タルト』だ」


 レオンがナイフを入れ、一口大に切り分けたタルトを差し出す。ヴォルフがそれを口に運んだ瞬間、その厳格な顔の端がわずかに緩んだ。


「……っ! 生地の香ばしさと、中のクリームの酸味が綺麗に溶け合う……。これなら、甘いものが得意ではない貴族の男たちや、目の肥えた婦人方もうっとりさせられますね」


 リゼも仕上がりの断面をのぞき込み、ふわりと笑みをこぼした。


「ええ。これまでの蜜の菓子みたいに後味が残らないから、何個でも食べられそうね。果実の酸味とのバランスも絶妙だわ」

「おう! 名前からしてめちゃくちゃ美味そうじゃねえか! これなら文句なしだぜ!」


 バルトが豪快に笑い声をあげ、ルカも「よし、これをもとに量産化のシミュレーションと、職人たちの配置を固めるとするか」とエプロンを締め直した。


 最高のメニューが決定し、いよいよ店舗展開に向けてチーム全体に熱が帯びていく。



     * * *



 だが、その順風満帆な空気の裏で、不穏な影は確実に忍び寄っていた。


「……おい、聞いたか? 王都の外れで、うちが使う予定だった小麦粉や乳製品の卸しが、次々と『中央商業ギルド』の息がかかった商会に買い占められてやがる」


 夕暮れの事務所に戻ってきたバルトが、険しい顔つきで一枚の羊皮紙を叩きつけた。そこには、主要な食材の納入停止を告げる不当な契約破棄の通知が並んでいた。


「流石だな。俺たちが白砂糖を使ったカフェを始めると知るやいなや、表立った妨害ではなく、根本の流通網を干上がらせるつもりか」


 レオンは冷徹な目を細め、静かにそう呟いた。


 王国全土の利権を握る古参の商人たちは、ただの嫌がらせではなく、最初から『ル・シェル』の物理的な兵糧攻めを狙っていたのだ。


 甘い菓子の香りが漂う厨房の片隅で、静かなる商戦の火花が、いよいよ激しく散り始めようとしていた。

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