第5話 最初の客
スラムのメイン通りから一本入った、薄暗い路地裏。
レオンは拾ってきた二輪手押し車を止め、自家製の簡易調理台をセットした。
歪んだ鉄板の下に小さな薪をくべ、火をつける。さらにその上には、昨夜から【微風】で水分を飛ばし、【微火】で完璧な低温調理を施したオーク肉の塊が鎮座していた。
「よし……仕上げ(アロゼ)だ」
温まった鉄板の上に、削ぎ落としたオークの澄んだ脂を薄く引く。
ジューッ! と、食欲を激しく刺激する芳醇な音が路地裏に弾けた。
すでに芯まで火が通っている肉の表面だけを、高温の鉄板で一気に焼き上げる。カリッとした香ばしい焦げ目(メイラード反応)をつくり、内部の肉汁を完全に閉じ込めるためだ。
立ち上る煙とともに、甘く香ばしい脂の香りが、煤けた路地裏一面に一気に広がっていく。
「な……なんだ、この臭いは……!?」
足を止めたのは、両腕に派手な刺青を入れた大男だった。
スラムを仕切るごろつきの一人、ゴルドだ。腹を空かせて苛ついていた男の鼻腔に、見たこともない肉の焦げる芳香が突き刺さる。
「おい、ガキ! そこで何を焼いてやがる!」
「見て分かんねえのか? 料理だよ。オーク肉のステーキだ」
レオンは鼻で笑いながら、包丁で焼き立ての肉をざっくりと切り分けた。表面はカリッと香ばしい褐色。だが、刃を入れた断面は、驚くほど艶やかな美しいロゼ色に輝いている。
「はあ!? オーク肉だと……? ふざけるな、あんな泥臭いゴミ肉がこんな匂い出すわけねえだろ!」
「食えば分かるさ。一皿、銅貨三枚だ」
「あぁん!? ガキのくせにいい度胸じゃねえか。もし騙してたら、その屋台ごとドブに叩き落としてやるからな!」
ゴルドは不機嫌そうに銅貨三枚を鉄板の脇に叩きつけると、削ぎ切りにされた熱々の肉片を手づかみで口へ放り込んだ。
噛みついた瞬間――男の動きが、ピタリと止まった。
「……あ?」
ゴルドの目が、限界まで見開かれる。
固くて臭いハズのオーク肉が、歯を立てた瞬間にパリッと香ばしい音を立て、次の瞬間には口の中でトロリと溶けていく。
閉じ込められていた爆発的な肉汁が、溢れんばかりに口いっぱいに広がり、鼻から抜けるのは不快な野獣臭ではなく、香ばしく甘やかな極上のコクだ。
「な、なんだこれ……! 肉が……溶ける……!? う、美味ぇ……なんだこれ、めちゃくちゃ美味ぇぞ!!」
ゴルドは叫びながら、なりふり構わず残りの肉片を次々と口へ放り込んだ。
脂で口のまわりをベトベトに濡らしながら、まるで餓えた野獣のように肉を貪り食う。
「おいガキ……もう一皿だ! 金を払う、あるだけ全部焼きな!」
荒くれ者の大声と、路地裏に漂う犯罪的な肉の香りに引き寄せられ、道行く貧民たちがぞくぞくと足を止め始めていた。
「くくっ……毎度あり」
レオンは口元に不敵な笑みを浮かべ、再び包丁を握り直した。




