第4話 ドライ・エアー
翌朝。薄暗いスラムの路地は、濡れた煤とドブの匂いに満ちていた。
レオンは破れた上着の裾を絞り直し、王都の東外れにある『集積場』へ向かった。
要するにゴミ捨て場だ。貴族街や商人街から出た壊れ家具、歪んだ金属くず、へこんだ鍋なんかが山と積まれている。
「資本ゼロから屋台を組むなら、ここしかねえ」
鼻を突く腐敗臭を無視して、使えるガラクタを漁る。
足でガラクタを引っかき回し、まずは木箱の破片をいくつか確保。
次に目をつけたのは、車輪がひとつ外れて捨てられていた小さな二輪手押し車だった。軸は歪んでいるが、台座の板はしっかりしている。持ち手の木棒も生きていた。
「よし……これなら引ける」
さらに山を漁り、底に小さな穴が開いた鉄板と、歪んだ銅製の深鍋を拾い上げた。
どれも一般家庭なら使い物にならない廃品だが、俺にはこれで十分だ。持ち帰った薪の切れ端を組み合わせて、手押し車の上に自家製の簡易調理台を作り上げていく。
十歳の子供の力でも、てこの原理と知恵を使えば小一時間で形になった。
「さて……次は食材だ」
夕方、俺は廃品市へ向かい、昨日の男からオーク肉の粗屑をさらに買い叩いた。
銅貨二枚。昨日の残飯同然の扱いだから、向こうも「ゴミを引き取る奇特なガキ」としか思っていない。
ボロ小屋に戻り、昨日と同じように丁寧な血抜きと削ぎ落とし(パルパレ)を済ませる。
だが、今日はそのまま【微火】にかけるつもりはなかった。
「この肉、水分が多すぎる……下処理だけじゃ、旨味がぼやけるな」
引き締まった肉質にするには、表面の水分を飛ばして旨味を凝縮させる「ドライエイジング(乾式熟成)」が必要だ。だが、普通なら専用の熟成庫と何日間もの時間が必要になる。
(待てよ……もうひとつの『ゴミ魔法』があったはずだ)
記憶を掘り起こす。
「【微風】」
掌を広げると、ひんやりとしたかすかな風が吹き出した。
本来は洗濯物を乾かすか、湿気った薪の表面をなぞる程度の、誰も気にも留めない生活魔法だ。
だが、肉の表面にかざした瞬間、俺の肌がそのポテンシャルを感じ取った。
(温風じゃない。ぬるくもない。水分だけを効率よく奪う、完全に乾燥した微風……!)
肉の表面から、余計な水分だけが急速に蒸発していく。手で触れると、さっきまで湿っていた肉の表面が、しっとりとした薄い皮膜に変わっていくのが分かった。
たった十分。
本来なら数日かかる「急速熟成」が、この小さな手の中で完了していた。
「まじかよ……現代のデリカテッセン(高級惣菜店)のシェフが見たら、狂喜乱舞して失神するぞこれ」
水分が抜けたことで、肉の赤みがぐっと深くなり、アミノ酸の香りが濃密に凝縮されている。
下処理、微風による熟成、そして微火による絶対的な低温調理。
道具も金もないスラムのボロ小屋で、三つ星の技法と異世界の魔法が、完璧な化学反応を起こし始めていた。
「道具は揃った……明日、初営業だ」
レオンは自家製の小さな屋台を見つめ、静かに拳を握りしめた。




