第49話 開幕の火蓋
王都の大聖堂前広場に特設された、巨大な野外調理場。
天高く掲げられた王室の旗が風にたなびき、大物貴族から海外の使節団、さらには大勢の観客たちが熱気あふれる客席を埋め尽くしていた。
「――ただいまより! 王室および中央ギルド主催、『全土食典』を開幕する!」
進行役の重厚な声援が響き渡り、会場が一斉に歓声に包まれる。
舞台上に並ぶのは、名だたる王国屈指の老舗や、海外の王室御用達を誇る名店ばかりだ。豪華な銀器や巨大な真鍮鍋を持ち込み、贅沢な特製蜜や甘口の輸入酒をふんだんに並べている。
その最果ての区画に、無駄を削ぎ落とした包丁と鉄板だけを据える一陣があった。
『ガストロノミー・レオン』。
10歳のシェフ、レオンを筆頭に、無骨な解体道具を構えるルカ、寸分の狂いもなく下準備を済ませたリゼ、そして黒いエプロンを固く結んだヴォルフとバルトが並ぶ。
「おいおい……スラム街のガキが本当に混じってるぞ」
「いくらジュリアン伯爵邸で名を上げたからといって、この全土食典で通用するわけが……」
観客席や他店舗の職人たちから、失笑や嘲りの視線が突き刺さる。
だが、リゼもルカも微動だにしない。手元にあるのは、早朝から血抜きを終えた山脈肉と、丁寧に汚れを拭い去った野草の山だ。
「……始めるぞ」
レオンの静かな一言で、厨房の空気が一瞬で締まった。
* * *
「第一回戦のテーマは『肉』だ!」
太鼓の音が轟くと同時に、各店舗が一斉に薪に火をくべ始めた。
周囲の厨房からは、濃厚な蜂蜜と赤ワインを煮詰める甘ったるい香煙が立ち上る。塩漬けバターの重たい脂の匂いが広場全体を覆い尽くしていく。
しかし、『ガストロノミー・レオン』の区画から流れてきたのは、まったく質の異なる芳香だった。
青々とした野生クレソンとスイバのキレのある清涼感。そして、軽く炙られた藁の香ばしい燻煙の匂いだ。
「な……なんだ、あの爽やかな香りは……!?」
審査員席に座る諸外国の要人たちが、思わず鼻をひくつかせた。
レオンの調理場では、寸分の無駄もない連携が展開されていた。
ルカが迷いのない刃筋で山脈魔獣の赤身肉から余分な筋を削ぎ落とし、リゼがミクロン単位の正確さで根菜を薄切りにして重ねていく。ヴォルフは鍋の温度を絶妙に管理し、発酵させた出汁のアクを丁寧に引きすくっていた。
仕込みのすべてが、完璧な歯車となって噛み合っている。
仕上げに、レオンが炙りたての赤身肉を藁の煙にくぐらせ、ホイップした焦がし澄ましバターとクレソンのエマルジョンソースを滑らかに回しかけた。
「……タイムアップ! 全店舗、調理終了!」
* **
審査卓に運ばれたのは、見たこともない一皿『山脈赤身肉の微燻製・根菜と山菜のミルフィーユ仕立て、発酵ブロードのジュ添え』。
周囲の名店が差し出した、黒くドロリとした甘いシロップソースで覆われた肉料理とは、一線を画す洗練された佇まいだった。
「ふん……蜂蜜の甘みも葡萄蜜も使っていないだと? そんな素っ気ない肉料理で、審査員の舌を満足させられるはずが……」
隣の区画に立つ老舗の総料理長が鼻で笑った、次の瞬間だった。
中央審査員である隣国の外交公使が、一口肉を口に運んだまま、金縛りに遭ったように静止した。
「――っ……!?!?!?」
公使の目が見開かれ、フォークを握る手が激しく震え出す。
「な……なんだこれは……っ! 口に入れた瞬間、藁の香ばしさと肉の極上の旨味が解け出し……後から追ってくるこの野草の酸味が、脂の重さを一瞬で消し去っていく……っ!」
「美味い……美味すぎるっ! 重たさが全くないのに、腹の底から湧き上がるような濃厚な出汁のコクがあるぞ……っ!」
審査員たちが我先にと皿へと群がり、ナイフを動かす手を止めない。
過度の調味料と蜂蜜で麻痺していた舌に、下処理を極めた本物の食材のロジックが、強烈な衝撃となって打ちつけられていた。
会場全体が、息を呑むような静寂と、それに続く割れんばかりのどよめきに包まれた。




