第48話 挑戦
「……食典か」
レオンは差し出された羊皮紙を軽く一読し、小さく息を吐いた。
王都中央ギルドと王室料理人組合が共催する、年に一度の食の大祭。王国全土から選りすぐりの料理人が集い、王族や諸外国の使節団の前で技を競い合う一大舞台だ。
「おいおいシェフ、正気かよ?」
バルトが眉をひそめ、使者の男を警戒するように睨みつけた。
「『金の豚亭』を叩き潰したばかりだぞ。商業ギルドも組合も、面目を潰された腹いせに何か仕組んでるんじゃねえだろうな」
ルカも無骨な腕を組み、重々しく頷く。
「バルトの言う通りだ。貴族どもやギルドの政治ごっこに、俺たちの包丁を付き合わせる必要はねえ」
だが、使者の男は表情一つ変えず、恭しく一礼を重ねた。
「お懸念はごもっともです。しかし、今回の食典は『金の豚亭』が失墜し、王都の食文化を正すための重要な節目。王室もレオンシェフの『本物の味』を注視しておられます」
静かな緊張が厨房に漂う中、リゼがレオンの横顔をじっと見つめた。
「シェフ……どうされますか?」
レオンは羊皮紙を調理台の上にそっと置くと、腰の包丁ケースに手を添えた。
「受けて立つ」
「シェフ!?」
バルトが素声を上げる。レオンは仲間たちの顔を見渡し、静かに口元を緩めた。
「権力争いやギルドの思惑なんてどうでもいい。だが……王国全土から集まる貴族や海外の要人に、今までの料理が『至高』だと思い込まれている現状は面白くない」
レオンの目が、職人としての鋭い光を帯びる。
「王国の頂点でどこまで通用するか……確かめてみる価値はある」
* * *
食典への参加が決まったその夜。
『ガストロノミー・レオン』の厨房には、夜遅くまで灯りがともっていた。
調理台の上に並べられているのは、ガルムたち冒険者が手配してくれた未開拓領域の食材たちだ。深緑の皮に覆われた大地の根菜、山奥の清流でしか獲れない淡水甲殻類、そして香気の強い野生ハーブの数々。
「下処理と火加減の精度は、今の俺たちのチームなら完璧だ」
レオンはまな板の上の根菜に包丁を当て、迷いのない刃筋で薄切りにしていく。
「だが、食典で求められるのは単なる『珍しい食材』や『贅沢な素材』じゃない。素材の味を極限まで引き出し、食べる者の体に感動を与える『調理技法』だ」
脇でメモを取っていたヴォルフが、熱を帯びた眼差しで頷いた。
「『金の豚亭』時代の僕は、高価な蜂蜜やシロップで素材のエグみを閉じ込めることしか考えていませんでした……。ですが、レオンシェフの下処理を学んで分かったんです。適切な酸味と塩分、そして火の入れ方次第で、どんな野生の素材も極上のソースに化ける」
「よく分かっているな、ヴォルフ」
レオンは小さく頷き、ルカとリゼに向き直った。
「ルカ、食典で使うメインの肉は、従来のオーク肉ではなく『山脈の魔獣赤身肉』を使う。脂身が少なく筋肉質な分、血抜きと熟成のタイミングが命になる。解体は頼んだぞ」
「おうよ! その手の固い肉を柔らかく骨から外すのは、俺の独壇場だ」
「リゼは、魚介と根菜の包丁仕事の統括だ。0.1ミリの狂いも許さない均一なカットで、火の通りを完璧に揃える」
「はい、シェフ! 任せてください!」
リゼの目に、力強い職人の誇りが宿る。
* * *
数日後。食典に向けた試作第一号が、厨房の仕込み台の上に並んだ。
それは、従来の宮廷料理の常識を覆す、見たこともない一皿『山脈赤身肉の微燻製・根菜と山菜のミルフィーユ仕立て、発酵ブロードのジュ添え』だった。
バルトが一口口に含み、目を見開く。
「な……なんだこれ……っ!? 肉の旨味が、噛むたびに溢れ出てきやがる……っ! 甘いソースなんて一切使ってねえのに、なんでこんなに美味いんだ……!?」
「素材同士の相性と、発酵させた出汁のコクだ」
レオンは静かに包丁を手拭いで拭った。
王都の権力者たちが仕掛ける大舞台。スラムの小さな厨房から始まった『ガストロノミー・レオン』の挑戦が、今まさに始まろうとしていた。




