第43話 決着
「雑草と雑魚だと……っ!?」
大ホールにレオンの言葉が波紋のように広がり、ルシアンは屈辱で顔を激しく歪めた。
「ふ、ふざけるな! そんな下民の喰い散らかすゴミで貴族の方々をもてなすなど……無礼にもほどがあるぞ!」
ルシアンの喚き声を遮るように、会場の給仕たちが再び静かに動き出した。
運ばれてきたメインディッシュ。銀の蓋が開けられた瞬間、先ほどのビスクをさらに上回る、強烈な肉の芳香と熟成された野草の香気が大ホールを満たした。
大皿の上に鎮座するのは、艶やかな深赤色に焼き上げられた肉のソテー『魔獣赤身肉のロースト・湿地ヨモギと野草ジュ添え』だ。
「さあ、メインディッシュでございます」
ジュリアン伯爵が自らナイフとフォークを手に取り、肉を一口口へと運んだ。
その瞬間、伯爵の眉が驚愕で跳ね上がる。
「な……なんという柔らかな肉質……っ! 噛みしめた瞬間に溢れ出す力強い肉汁が、この深い緑のソースと合わさって……まるで上質なワインのように解けていく……っ!」
「甘ったるいシロップ漬けの肉とは大違いだわ! 胃に全くもたれないのに、体の底から元気が湧き上がってくる!」
「美味い……美味すぎるぞっ! これこそ我々が求めていた料理だ!」
会場の貴族たちが歓声を上げ、ナイフとフォークを動かす手を止めない。
ガルムたち冒険者が黒沼地の深部で競り落とした極上の魔獣肉。そしてレオンが下処理を極め、ヨモギとスイバで肉の癖を綺麗に削ぎ落とした「極上ソース」。
贅肉と甘みで肥大化した『金の豚亭』の料理を、本物の職人技が根底から叩き潰した瞬間だった。
「ば、馬鹿な……馬鹿な馬鹿なっ!!」
ルシアンは震える手で自分のテーブルに運ばれた肉を一口むさぼり食い、その場に崩れ落ちた。
「な……んだ、この肉の旨味は……っ。甘みで誤魔化していないのに……素材の味が、ダイレクトに脳を揺さぶる……っ! これが……あんなガキの作った料理だというのか……っ!?」
敗北の味覚が、ルシアンの喉を焼き切るように突き刺さる。
そこへ、ジュリアン伯爵が冷ややかな視線を落とした。
「ルシアン総支配人。『金の豚亭』が我が館に行った食材の不当な買い占めと妨害工作、全て把握している。……明日以降、王都商業ギルドと貴族会へ正式に通報させてもらう」
「ひっ……っ!?」
「我がジュリアン家は、お前たちの店との契約を、本日限りで全て破棄する」
静かな一言が、ルシアンにとどめを刺した。
王都を牛耳っていた『金の豚亭』の威信は、この一夜にして完全に崩れ去ったのだ。
* * *
夜会が終わり、熱気冷めやらぬ伯爵邸のホール。
伯爵はレオンの前に立ち、深々と頭を下げた。
「レオンシェフ。君のおかげで、長年の胃の不調が消え、最高の夜会を執り行うことができた。心から感謝する」
伯爵が差し出したのは、金貨がずっしりと詰まった革袋だった。
「約束の報酬だ。そして……もし良ければ、我が邸宅のお抱え総料理長として、王都に残ってくれないか? 望むだけの金と地位を用意しよう」
豪華な打診に、ジュリアンも期待の眼差しを向ける。
だが、レオンは包丁ケースを肩にかけ直すと、迷うことなく首を振った。
「お断りします」
「な……なぜだ? 王都なら、君の腕を存分に振るえる最高の環境があるのだぞ?」
「俺の居場所は、スラムのあの小さな裏路地だ。……それに、ウチの職人が店を掃除して待っている」
レオンは小さく口元を緩めると、躊躇なく振り返り、夜の王都街へと歩き出した。
王都の権力も、金も、高級な地位も、この10歳のシェフを縛り付けることはできない。
レオンの戦いは、再びあの小さなスラムの街角から、新たな歴史を紡ぎ始めていく。




