第38話 王都の門
討伐クエストを終え、一度スラムの店へ戻ったレオンたち。
王都遠征に向けた打ち合わせのため、店内にはバルトとルカ、そして荷造りを手伝うリゼが集まっていた。
「……というわけで、しばらくジュリアンの案内で王都へ行く。スラムのこの店はバルトとルカに任せる」
「おいおいシェフ、マジかよ……! 王都の貴族街なんて、俺たちスラムの人間からしたら異世界みたいな場所だぞ?」
バルトが頭を抱えて焦りを顔に出す。
「大丈夫だ。普段出している軽食と、ハーブティーの淹れ方さえ守れば店は回る。仕入れはガルムさんたちに顔を立ててもらってあるから困ることはない」
「任せてよシェフ! 仕込みも掃除もバッチリやっておくからさ!」
ルカが胸を叩くと、レオンは頷き、小さな包みをカウンターに置いた。
「留守中の賄い用だ。乾燥させたヨモギと塩漬けの肉がある。火加減だけ気をつけろよ」
準備を整えたレオンは、迎えにやってきたジュリアンの豪華な馬車へと乗り込んだ。
* * *
馬車に揺られること二日。
重厚な石造りの城門をくぐると、目の前にはスラム街とはまるで別世界の光景が広がっていた。
白磁の石畳が敷き詰められた大通り、立ち並ぶ絢爛豪華な洋館、そして行き交うドレスや高級な衣服を纏った人々。王都、その華やかさの中心地だ。
「ここが王都の貴族街だ、シェフ」
馬車の窓から外を指差し、ジュリアンが真面目な顔で説明する。
「近々、僕の父であるジュリアン伯爵が主催する大夜会が開かれる。王都中の有力貴族が集まる場だ。……だが、ひとつ警告しておきたい」
「なんだ?」
「王都の料理界は、完全に『金の豚亭』の本店と、それと繋がるお抱えシェフたちのギルドが牛耳っている。彼らは珍しい高級食材と、贅沢な蜂蜜漬けの料理こそが至高だと信じて疑わない」
レオンは冷ややかに鼻で笑った。
「スラムで追い返したポルクスの親玉みたいなのが、ゾロゾロいるってことか」
「ああ……。スラムの小さな店から来た10歳の少年が調理場に入ると知れば、間違いなく猛反発して妨害してくるはずだ」
「構わないさ。俺の料理を変えるつもりはない」
馬車が停まったのは、一際巨大で格式高い意匠が施されたジュリアン伯爵邸の門前だった。
馬車を降りたレオンを待っていたのは、煌びやかな屋敷の威容……そして、エプロンをつけた厳めしい顔つきの男たちだった。
「ジュリアン坊っちゃん! 遠征からのお戻り、心配いたしましたぞ!」
屋敷の調理場を預かる総料理長らしき肥満体の男が、擦り寄るように駆け寄ってきた。その後ろには数十人の料理人たちが控えている。
「戻ったぞ、マスター・ヴォルフ。……こちらが今回の夜会でメインディッシュを担当してもらう、レオンシェフだ」
ジュリアンがレオンを紹介した瞬間、ヴォルフをはじめとする料理人たちの表情が固まった。
「……はい? 坊っちゃん、冗談はおやめください。その貧相なガキが……シェフだと?」
ヴォルフはレオンを上から下まであからさまに見下し、鼻で嘲笑した。
「ジュリアン伯爵邸の夜会ですよ!? 王都最高峰の『金の豚亭』本店から仕入れた最高級の極上蜜と、遠国の珍味をふんだんに使ったフルコースを準備しているのです! どこぞの浮浪児に触らせる調理場など、この屋敷のどこにもございません!」
周りの料理人たちからもクスクスと不躾な笑い声が漏れる。
だが、レオンは眉一つ動かさず、ヴォルフの着ている調理服の袖口と、厨房から漂ってくる甘ったるい匂いに視線を向けた。
「極上蜜に頼り切った、重たくて雑なソースの匂いだな。そんなものばかり食わされているから、伯爵様の顔色が冴えないんじゃないのか?」
「な……なにぃっ!?」
ヴォルフが真っ赤になって怒鳴り散らそうとしたその時、屋敷の奥から重厚な足音が近づいてきた。




