第34話 濡れ衣
買い占め工作が大失敗に終わり、金貨5枚分もの生ゴミを抱え込んだ『金の豚亭』。
だが、プライドを完璧に砕かれたポルクスと富豪の悪あがきは、これで終わらなかった。
「……おい、レオン。あいつら、いよいよ手段を選ばなくなってきたぞ」
仕込みの手を止め、バルトが渋い顔で表の通りを指差した。
薬種店跡地の前に、重厚な革鎧をまとった衛兵たちと、羊皮紙を抱えた役人風の男たちがぞろぞろと集まってきている。その先頭には、口元を醜く歪めたポルクスの姿があった。
「フン……スラムのクソガキが。仕入れで出し抜いたつもりだろうが、店そのものを潰してしまえば終わりなのだよ!」
ドカドカと不躾に店内に押し入ってきた役人が、厳しい声で羊皮紙を突きつけた。
「街の衛生管理および営業許可の監査だ! 『スラムの非合法な店舗で、腐敗した内臓や野草を使った危険な料理を提供している』との告発があった!」
バルトが怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ふざけるな! うちの料理で体調を崩した奴なんて一人もいねえぞ! 告発したのはそこにいる『金の豚亭』の豚だろ!」
「黙れ下民! 通報があれば調査するのが我々の義務だ」
役人は鼻で笑い、店内を蔑むような目で見回した。
「ろくな設備もないスラムの掘っ立て小屋で、許可証もなく怪しい肉や草を調理するなど言語道断。即刻営業を停止し、調理場を封鎖する!」
「クックック……残念だったな、ボクちゃん」
後ろで見ていたポルクスが、勝ち誇ったように嘲笑を浮かべた。
「料理の腕がどうあれ、権力と法令には勝てんのだよ。スラムのゴミ箱に引きこもって、大人しく飢えて死ぬがいい!」
リゼが怯えてレオンの裾を握りしめる。
だが、当のレオンの顔には焦りどころか、呆れすら漂っていた。
レオンは調理台の上に置かれた一枚の古い羊皮紙、この店舗の権利書と、前店主である薬師から引き継いだ書類を、トンと叩いた。
「衛生検査? 営業許可? お前ら、この場所が元々何の店だったか知ってて言ってるのか?」
「……あ? 薬種店跡地だろうが!」
「そうだ。薬草や魔獣の素材を取り扱う薬種店は、街の衛生基準において最も厳しい『最高等級の殺菌・保管設備』の認可が降りている場所だ」
レオンは壁に埋め込まれた魔導具の冷却棚と、石造りの頑丈な燻製炉を指差した。
「さらに、俺が使っている内臓やスジ肉の下処理法は、薬師の知識に基づいた完璧な塩蔵と脱水だ。腐敗菌の繁殖を示す酸敗臭は一切出ていない。……監査官さん、あんたのその鼻は飾りか?」
「な、なんだと……っ!?」
役人の顔色がさっと変わる。
「それに『無許可営業』だと? うちの店は不特定多数に料理を売る一般の食堂じゃない。知人の紹介による『完全予約制調理・私設宴会』だ。現行の商業ギルドの店舗営業規約の対象外だよ」
「な……な……っ!?」
レオンが提示するぐうの音も出ない法律知識と論理に、役人たちは言葉を失って冷や汗を流し始めた。前世で数々の名店を立ち上げ、行政の厳しい基準をクリアしてきたレオンにとって、異世界の浅はかな言いがかりなど赤子の手をひねるようなものだった。
「ひ、ひるむな! 屁理屈だ! どのみちスラムの料理など危険に決まっている!」
ポルクスが焦って叫んだその時。
「……ほう、俺たちが食った飯が『危険』だって?」
ズシン、と店舗の扉が叩き割らんばかりの勢いで開いた。
そこに立っていたのは、大剣を背負った『銀狼の牙』のガルムと、昨日来店した『赤き鉄槌』のリーダーたち、王都でも指折りのランクA冒険者たちだった。
「が、ガルム様……!? 『赤き鉄槌』の皆様まで……なぜここに!?」
役人の顔が一気に蒼白になる。
「ギルドで『金の豚亭』のポルクスがスラムに衛兵を連れて向かったって聞いてな。まさかとは思ったが……俺たちの贔屓にしている店に、つまらん言いがかりをつけに来たのか?」
ガルムが大剣の柄に手をかけ、ポルクスを殺気のこもった眼光で睨みつけた。
「俺たちの胃袋を救ってくれたシェフの料理を『毒』扱いするってんなら……ポルクス、お前が俺たちと直接決着をつけるか?」
「ひっ……! ひいいいっ!?」
ランクA冒険者たちの圧迫感に耐えかね、ポルクスと役人たちは腰を抜かして地面に転がった。
「……どこまでも浅ましいな」
レオンは冷ややかな視線を落とし、トドメを刺すように言い放った。
「二度とこの店に不快な匂いを持ち込むな。……消えろ」
「ひええええっ!!」
ポルクスと役人たちは悲鳴を上げながら、脱ぎ散らかした靴もそのままにスラムの路地裏へと逃げ出していくのだった。




