第33話 雑草
「……ホントに、これがさっきまで庭に生えてた雑草と、バターのゴミカスなのか……!?」
仕込み台の上で小鍋を揺らすレオンの手元をのぞき込み、ルカが思わず声を漏らした。
小鍋の中で静かに泡を立てているのは、透き通った淡い緑色のソースだ。
野草特有のエグみや青くささは、【微風】の脱水と絶妙な火入れによって完全に消え去っている。焦げた乳固形分から出た香ばしく濃厚なコクと、スイバの鋭い酸味が混ざり合い、まるで熟成された上質なソースのような、奥行きのある芳香を放っていた。
「食材の価値は、希少さや値段で決まるんじゃない。適した加熱、水分のコントロール、そして酸味と油脂のバランスだ」
レオンはスプーンでソースを一口すくい、静かに舌の上で転がした。
「よし。今夜のランクA冒険者パーティ『赤き鉄槌』へのコースは、この野草ソースを主軸に組み立てる」
「でもシェフ……肝心の『肉』はどうするんだ? クズ肉すら買い占められたんだろ?」
バルトが心配そうに尋ねる。
レオンは冷暗所の棚を指差し、不敵に口元を緩めた。
「一昨日仕入れたナマズの腹から取った『内臓と肝』の塩漬けがある。それに、骨周りから削ぎ落とした硬いスジ肉だ」
「なっ……内臓とスジ肉!? そんなの普通は捨て場に投げるクズだぞ!?」
「そのまま焼けば臭くて噛み切れん。だが、塩で余分な水分を抜き、ヨモギの香草液でじっくり弱火で煮込めば、極上のテリーヌと深い旨味の煮込みに化ける」
『金の豚亭』のポルクスたちは、レオンたちが「普段買い取っている食材」を買い占めることで完全に詰んだと思い込んでいるはずだ。
だが、彼らの浅はかな買い占めは、かえってレオンの「三つ星シェフとしての技術と知恵」を極限まで引き出す結果となった。
* * *
その日の夜。
ガルムの紹介で訪れたランクA冒険者パーティ『赤き鉄槌』の面々は、運ばれてきた第一皿目に目を丸くしていた。
「おいおいシェフ……! 噂には聞いてたが、この鮮やかな緑色のソースは何だ? 柑橘の甘い香りとも違う、どことなく熟成されたスパイスのような凄まじい香りがするぞ……!」
「『スラムの野草と熟成乳脂肪のブール・ブランソース』です。カリッと焼いたナマズのポワレと一緒にお召し上がりください」
リーダーの大男が、疑い半分でフォークを伸ばした。
香ばしく焼かれた白身魚に、淡い緑色のソースをたっぷりと絡めて口へ運ぶ。
次の瞬間、大男の目が限界まで見開かれた。
「――ぶはっ!? なんだこれ……っ!! 舌に触れた瞬間に強烈な酸味が弾けて、魚の脂の重たさを全部吹き飛ばしやがる……! なのに後から焦がしバターの濃厚なコクが追いかけてきて、果てしなく美味い……っ!!」
「嘘でしょ……!? この酸味と香ばしさ、大通りの高級店で飲むどんな最高級ワインのソースより美味いわよ……っ!」
仲間たちも争うように皿へとしゃぶりついた。
『金の豚亭』が買い占めた高価なレモンやハーブなど、足元にも及ばない。
スラムの踏みにじられた雑草と、捨てられるはずだったバターの焦げカス。それが三つ星シェフの化学変化によって、異世界の高級店でも誰も味わったことのない「至高のソース」へと化けたのだ。
「……信じられねえ。ガルムの奴が言ってた通りだ……! スラムの路地裏に、マジで神域の料理人がいやがる……っ!」
大盛況の中で終わった今夜のプレ営業。
『赤き鉄槌』からも当然のように金貨2枚の対価が支払われ、絶賛の口コミが冒険者ギルドに溢れかえることとなった。
* **
翌朝、大通りの高級店『金の豚亭』の調理場。
「ポルクス様! 大変です……っ!」
息を切らせた下っ端料理人が駆け込んできた。
「なんだ騒々しい。スラムのクソガキの店は、仕入れが途絶えて泣き寝入りで営業を取りやめたか?」
ポルクスは優雅にワイングラスを傾けながら、せせら笑った。
「それが……真逆です! 昨夜もランクA冒険者を相手に営業し、ギルドで『金の豚亭のソースすら及ばない至高の野草料理だった』と大絶賛されて大繁盛しています……!」
「な、なにぃ……っ!?」
ポルクスの手からワイングラスが滑り落ち、床で乾いた音を立てて割れた。
「バカな……! スラムのハーブも果実もクズ肉も、我が買い占めたはずだぞ!? 奴らは一体何を使って料理を作ったというんだ……っ!?」
「わ、わかりません……! ですが、買い占めに使った金貨5枚分……うちの倉庫に入り切らない大量のハーブとクズ肉が、処理しきれずに腐り始めています……っ!」
「――っ!?」
レオンの店を潰すために出させた金貨5枚の買い占め資金。
それが何の意味もなさず、ただ膨大な生ゴミの山を作っただけに終わったことを知り、ポルクスは絶望と恐怖で顔を蒼白に染め上げるのだった。




