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第32話 潰された仕入れ


「――な、何が貧乏人だ! たかがスラムのクソガキが調子に乗りおって……っ!」


 真っ赤に顔を膨らませた富豪とポルクスは、吐き捨てるように捨て台詞を残して去っていった。


 重いオークの扉が閉まると、バルトがドッと大きな息を吐き出し、頭を抱えた。


「おいおいシェフ……あいつら『金の豚亭』の連中だぞ? 大通りの貴族や豪商を牛耳ってる大物だ。いくらなんでも煽りすぎだろ……!」

「構わない。あんな連中に一皿でも出せば、うちの店の価値が下がる」


 レオンは仕込み台の小刀を布で拭きながら、冷ややかに言いのけた。


「それよりバルト。明日からの仕入れの警戒を強めてくれ。プライドを打ち砕かれた奴らがやる行動なんて、相場が決まっている」

「……あいつら、妨害してくるってのか?」

「ああ。力で店を直接潰せないなら、真っ先に『元を断つ』はずだ」


 レオンの予言は、翌朝すぐに的中することとなった。



     * * *



「シェフ、大変だ……っ!」


 息を切らせたバルトが、青ざめた顔で店に飛び込んできた。


「スラムの仕入れルートが全部止められた! 『金の豚亭』の手下がスラムの買い取り場を片っ端から回りやがって……うちが提示した買い取り額の倍の金を出して、ハーブも木の実もクズ肉も、強引に買い占めていきやがったんだ!」


 見張りから戻ってきたルカも、悔しそうに拳を強く握りしめている。


「ガキどももさ……急に大金を出されたから断れなくて、集めた素材を全部渡しちゃったみたいなんだ。……うちの厨房、今日の仕込みに使う新鮮な香草も野果実も、何ひとつ入ってこないよ……」


 今日予約を入れているのは、ガルムの紹介でやってくる別のランクA冒険者パーティだ。


 素材が無ければ、胃を開かせるアペリティフも、コンソメの風味付けも、デセールの果実ソースも組み立てることができない。まさに『金の豚亭』による卑劣で計算された兵糧攻めだった。


「クソッ……大通りの高級店が、スラムの捨て食材まで買い占めるなんて反則だろ! 今日の営業、キャンセルするしかねえのか……!?」


 バルトが焦りを募らせる中、レオンは静かに厨房の棚を開けた。


「焦る必要はない。あいつらは『俺たちが普段買っている素材』を買い占めただけだ」

「え……?」

「料理の本質は、珍しい高級ハーブや果実そのものにあるんじゃない。素材が持つ特性……『酸』『油』『香り』の構造をどう組み替えるかだ」


 レオンは裏庭へ出ると、日当たりの悪い石垣の隙間に生い茂る、誰も見向きもしない『野生のスイバ』と『野ヨモギ』を根こそぎ摘み取った。スラムの住民からは「酸っぱくて苦いだけの雑草」として踏みつけられている野草だ。


 さらに厨房の奥から、昨日澄ましバターを作った際に残った『焦げた乳固形分の削りカス』を取り出した。


「雑草……? それにバターのゴミカス……?」


 ルカが不審そうに目を丸くする。


「この草、スイバの強烈な酸味は、レモンや柑橘の代わりになる。そのままじゃエグみが強いが、【微風】で不要な水分と臭みを吹き飛ばせば、上質なシトラスソースに化けるんだ。そしてヨモギの苦味はあく抜きしてローストすれば、高級ハーブ以上の深みを生む」


 レオンは手際よくスイバとヨモギの葉を細かく刻み、平鍋で熱を加えながら魔法の微風を当て始めた。


 加熱が進むにつれ、生臭かった草の青くささが嘘のように消え去っていく。そこへバターの削りカスを少量合わせると、焦がしキャラメルのような濃厚な乳脂の香りと、野草のキリッとした清涼感が複雑に絡み合った。


 まるで焼き立てのライ麦パンと熟成されたスパイスが重なったかのような、圧倒的な奥行きを持つ芳香が厨房全体を支配していく。


「買い占めで俺たちを詰ませたつもりだろうが……甘いな。『金の豚亭』のシェフには、足元に転がっている雑草を『極上の素材』に変える発想が無い」


 レオンの瞳に、不敵な職人の光が宿る。


「奪われたなら、誰も素材だと気づいていないものでコースを組むまでのことだ」

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