第30話 銀狼の饗宴(後編)
泥髭ナマズのポワレをきれいに平らげたガルムたちは、満足感と同時に、どこか重たくなりかけた舌と口の中を気にしていた。濃厚な澄まし焦がしバターの余韻が、心地よくもまったりと口内に残っていたからだ。
そこへ、レオンが小さなショットグラスをすっと差し出した。
「お口直しです。……『清涼ハーブと野柑橘の泡ショット』」
「口直し……? 冷たい氷もねえのにか?」
ガルムは首を傾げつつ、一息に飲み干した。
次の瞬間、ガルムの口の中でシュワリと微細な泡が弾けた。
「――っ!? なんだこれ……っ! シュワシュワ弾ける心地いい泡と一緒に、強烈な酸味とハーブの香りが突き抜けていきやがる……っ!」
「すごい……脂っぽかった口の中が、一瞬で洗われたみたいにさっぱりしたわ……っ! さっきまで満腹に近かったのに、また新しい料理を迎え入れる準備ができちゃった……!」
女弓手が感嘆の声を漏らす。
【微風】の精密な圧力コントロールで野生果実の微発酵ガスを閉じ込め、ハーブの清涼感と酸味を爆発させた一品。氷を使えない異世界で、舌の味蕾を完全にリセットさせるレオン秘伝の仕掛けだった。
「お待たせいたしました。今夜のメインディッシュ……『霜竜のロースト 〜微火低温調理と極上フォンドヴォー〜』です」
運ばれてきた大皿を目にした瞬間、ガルムの目が輝いた。
「出たな……! 前にも食わせてもらったあのワイバーンのローストか!」
極厚に切り分けられた霜竜の肉。表面は美しい狐色に焼き固められ、切断面は透き通るようなロゼ色に輝いている。肉の上には、竜の骨と根菜をじっくり煮詰めた深みのあるソースがたっぷりと注がれていた。
ガルムはナイフをあて、すんなりと切り分けた一塊を口へ放り込んだ。
「――っ! あぁ……やっぱり美味い……っ! だが待てよ……前に屋台の裏で喰った時より、遥かに肉の旨味が濃く感じられるぞ!?」
「当たり前です。食前酒で胃を開き、コンソメで温め、魚でコクを与え、お口直しで舌をリセットした……。完璧な順番で味わうからこそ、この肉のポテンシャルが100%引き出されるんです」
「コース……コースの魔法ってのはこういうことかよ……っ!」
ガルムたちはもはや言葉を失い、夢中でナイ
フとフォークを動かした。
「……ふぅ。最後のお料理……デセールです」
運ばれてきたのは、深紅の果実ムースの上に、香ばしく焼き上げられたサブレが散らされた一皿。
一口食べたガルムは、静かに目を閉じた。
「……サクッとした生地の香ばしさに、甘酸っぱいムースが溶け合っていく……。肉の重たさを完全に包み込んで、胃がすうっと軽くなっていくようだ……。おいシェフ、甘い蜜なんてどこにも使ってねえんだろ?」
「ええ。素材の果糖とナッツの香ばしさ、澄ましバターのコクで組み立てました」
「……参ったよ。完全に負けだ」
ガルムは椅子に深く背をもたれかけ、天を仰いだ。
「食前酒で胃を叩き起こされ、アミューズとスープで驚かされ、ポワレで唸らされ、お口直しでリセットされてからのあの肉……そしてこのデセールだ。……最初から最後まで、お前の手のひらの上で躍らされてた気分だぜ」
「それがガストロノミー、コース料理という物語です」
レオンが不敵に微笑むと、ガルムは腰の皮袋から黄金の金貨2枚を取り出し、チャリンとテーブルに置いた。
「1人あたり銀貨3枚、4人で銀貨12枚だろ。……残りの銀貨8枚分は、ワイバーンの持ち込み調理代と、今夜の最高の貸し切り料だ。受け取ってくれ」
金貨2枚といえば、金貨1枚が約10万円相当とされるこの世界では約20万円の大金だ。
「足りなきゃもっと払うぜ。……シェフ、次の予約も俺たちに取らせろ。いくら払ってでも通いつめてやる!」
スラムの小さな石造りの店舗で鳴り響いた歓声。
こうして、レオンの仕掛けた『1日1組限定・完全予約制ガストロノミー』は、最高の形でプレオープンを大成功させたのだった。




