第29話 銀狼の饗宴(中編)
「……おいおい、次は何が出てくるんだ? 早くあの肉の塊を食わせろよ」
ガルムは空になった小皿を指で弄びながら、待ちきれない様子で身を乗り出した。アミューズの濃厚な旨味が喉を焼き、胃袋はさらに強烈な脂と肉を求めて悲鳴を上げている。
だが、厨房から出てきたレオンの手元を見て、パーティの面々は首をかしげた。
深皿の中に注がれていたのは、肉の塊でも重厚なソースでもない。まるで磨き上げられた黄水晶のように、底まで透き通った琥珀色の液体だった。
「お次の一皿……『肉と根菜のクラリフィケーション 〜黄金のコンソメ〜』です」
「……あ? スープかよ」
ガルムは鼻を鳴らし、少し拍子抜けしたような声を漏らした。
「ガキ、言っとくがな、大通りの高級店で出されるスープってのは、水っぽくて味が薄いか、無駄に塩辛いかの二つにつて決まってんだ。俺たちが求めてんのは、そういうスカした汁物じゃねえんだよ」
「……黙って口に運んでみろ。能書きはそれからだ」
レオンは静かな眼光でガルムを見つめ、一切の動じない声で返した。
ガルムはチッと小さく舌を打ち、木のスプーンで琥珀色のスープをすくい、口の中へ流し込んだ。
次の瞬間、ガルムの動きが完全に止まった。
「――っ!?」
目を見開き、スプーンを持ったまま硬直するガルム。
「おい、ガルム……? どうしたんだよ」
異変に気づいた術士の男が恐る恐るスープを一口含み、直後に息を呑んだ。
「な……なんだこれ……っ!? 濁りが一切ないのに、口に含んだ瞬間に圧倒的な肉の旨味と甘みが爆発しやがる……っ! 旨味の塊をそのまま飲んでるみたいだ……っ!」
「雑味が……何ひとつない……っ! スープなのに、まるで分厚い肉の丸焼きを一口で噛み締めたみたいな満足感が押し寄せてくる……っ!」
女弓手も震える手でスプーンを動かし、夢中でスープを啜った。
捨てられるクズ肉や骨、根菜をじっくり煮込み、卵白と赤身肉のタンパク質を熱凝固させて不純物と油分を限界まで浮き上がらせて取り除いたフレンチの至宝『コンソメ』。
不純物が一切排除された純粋なスープは、舌の味蕾にダイレクトに肉の旨味を叩き込む。
「ふぅ……腹の底から、あたたかい熱が全身の血の巡りを良くしていく……っ! 遠征の疲れが、この一杯で吹き飛んでいくみたいだ……」
ガルムは深皿の最後の一滴まで綺麗に飲み干し、呆然と息を吐き出した。
食前酒で胃をひらき、アミューズで舌を狂わせ、この黄金のコンソメで胃腸を温めて血流を促進させる。完璧に計算されたガストロノミーのコース展開に、冒険者たちは抗う術を持たなかった。
「……降参だ。俺が悪かった。お前はただのガキじゃねえ……本物の職人だ」
ガルムが素直に首を横に振った。その瞳には、最初のような軽蔑の色は微塵も残っていない。
「だがシェフ……次はさすがにメインの肉料理か?」
「いいえ。次はお魚料理……『泥髭ナマズのポワレ 〜澄まし焦がしバターと野生柑橘のソース〜』です」
「な……泥髭ナマズだと!?」
運ばれてきた皿を見て、パーティ全員の顔色が変わった。
皮目はパリッと狐色に焼き上げられ、香ばしいバターと甘酸っぱい柑橘の香りが立ち上っている。だが、その名前はスラムのドブ川に棲む、貧民すら忌避する最低最悪の泥魚だった。
「おいおい……正気かシェフ!? あんな泥臭くて小骨だらけのバケモノ、食えたもんじゃねえぞ!?」
「……嫌なら残しても構わない」
レオンは冷ややかに言い放ち、厨房へと足を向けた。
ガルムは唾を飲み込み、フォークでナマズの身を切り分けた。パリリッと心地よい音を立てて皮が割れ、中から真っ白な身がふわっと顔を覗かせる。臭みなど一欠片もなく、甘いナッツのようなアロマが鼻をくすぐった。
意を決して、ガルムはその身を口へと運ぶ。
「サクッ、ふわっ……っ!?」
ガルムの口から、呻き声にも似た絶叫が漏れ出た。
「な、なんだこの皮の香ばしさと身の柔らかさは……っ! 泥臭さどころか、濃厚なバターのコクと柑橘の爽やかさが合わさって、高級フレンチ……いや、王宮の魚料理すら遥かに凌駕してやがる……っ!」
「信じられない……あのナマズが、なんでこんなに上品で甘い白身魚に変貌するの……っ!?」
かつて誰もが見向きもしなかった泥魚が、レオンの【微風】による脱水と【澄まし焦がしバター】の魔法によって、神域のポワレへと姿を変えていた。
ガルムたちは言葉を失い、夢中でフォークを動かし続けた。




