第21話 城の設計図
屋台一号店と二号店の二台体制が始まって数週間。
ルカの無骨だが確かな包丁仕事と、リゼの丁寧な焼き加減、そしてレオンの完璧な仕込みが噛み合い、二つの屋台は連日大盛況を収めていた。
バルトが持ち込んでくる大量の銅貨と銀貨は、日を追うごとに木箱の中へズッシリと蓄えられていく。
「ふぅ……これで初期の改修費用と、数ヶ月分の運転資金は完全に確保できたな」
手押し車の営業が終わった夕刻。レオンは帳面と金貨袋を確かめると、静かに頷いた。
「よし。そろそろ、あの石造りの物件(城)の改修に取りかかる」
* * *
大通りへ抜ける裏道沿いに立つ、あの石造りの二階建て。
レオンたちが鍵を開けて中へ入ると、埃っぽい空間の奥から、ダボついた外套を羽織った小さな人影がひょっこりと顔を出した。
「なによ、ゾロゾロと。……またあの美味い肉の差し入れかい?」
この物件の幼き地主、マルニだ。
素足を組んで古い木箱に腰掛け、ツンとすました顔でこちらを見下ろしてくる。
「いや、今日は本番の採寸と改修計画だ、マルニさん」
レオンは巻き尺と炭のペンを取り出し、床や壁の寸法をテキパキと測り始めた。
「……ハァ? 改修って、大工も雇わずにガキのあんたが一人でやる気かい? ここは頑丈な石造りだ。素人が適当にいじったら崩れるわよ」
「素人仕事はしない」
レオンは炭ペンで、石造りの床へ直接スラスラと平面図を描き出していった。
「厨房の位置はここだ。客席からの視線を意識したオープンキッチンにする。排煙のために元薬種屋の煙突へダクトを繋ぎ、熱気が客席に流れないよう吸気と排気の流れを計算する」
「……吸気と……排気……?」
難解な専門用語に、マルニがパチクリと大きな目を瞬かせた。
「さらに、肉の下処理を行う『水場』と、火を入れる『熱源』の動線を完全に分離する。調理人が無駄な動きをせず、最短距離で一皿を仕上げられる極限の配置だ。西麻布……いや、俺のいたフレンチの現場の基本だな」
レオンの手元を、後ろから覗き込んでいたバルトとゴルド、そして職人のルカとリゼが息を呑んで見つめていた。
「おいおい……なんだこの図面は。大通りのどんな料理店に行っても、こんな機能的な厨房見たことねえぞ……!」
解体のプロであるルカが、感心したように唸り声を上げる。
「水場と焼き台がこの距離なら、一人でも二人の動きをフォローできます……! シェフ、凄すぎます……」
リゼも目を輝かせ、レオンの描く「城の設計図」に見入っていた。
図面を描き終えたレオンは、ぽかんと口を開けていたマルニの前に歩み寄り、小さな木箱を一つ差し出した。
「約束の差し入れだ。今日はオーク肉のリエット風と、香草を練り込んだ焼きパンだ」
「う……うぐっ! あ、あたしを肉で買収しようとしても無駄だからねっ!」
口では毒づきながらも、マルニの手は素早く木箱へ伸びていた。
カリッと香ばしく焼かれたパンに、濃厚でスパイシーな豚肉のパテをたっぷり塗って一口かじる。
「――っ〜〜〜〜っ!何これ……っ! お肉がとろけるみたいに柔らかくて、ハーブの香りがお鼻に抜けて……美味すぎるじゃない……っ!」
一口でノックアウトされたマルニは、真っ赤な顔で頬を膨らませ、両手でパンを大事そうに抱え込んだ。
「ふんっ! まあ……これだけの腕と計画があるなら、好きに改修してもいいわよ! その代わり、工事中も毎日このパンを持ってきなさいよね!」
「ああ、つきあうよ」
レオンは静かに微笑み、頑丈な石壁を見上げた。
ただの屋台から、自分たちの誇りをかけた「本物のレストラン」へ。
スラムの片隅で、着々と至高のガストロノミーが形作られようとしていた。




