第20話 二人の職人
石造りの物件の権利を押さえてから数日。レオンは屋台の合間を縫って、バルトとゴルドに一つの『募集』を出させていた。
「おいおい……マジで屋台の焼き手を二人も雇うつもりなのか?t仕込みの秘密を盗まれたらどうするんだよ」
バルトが心配そうに眉をひそめるが、レオンは静かに首を振った。
「秘密なんて最初から隠していない。大切なのは技術と再現性だ。それに……屋台をもう一台増やして『二号店』を出したい。手押し車二台を同時に動かすには、信頼できる手が二人必要なんだ」
「え、二号店だと……!? 手押し車を二台同時に走らせるってのか?」
「ああ。高度な仕込みやハーブの調合は俺がまとめてやる。現場の屋台では『仕上がった肉を最高のタイミングで焼き上げる』ことに専念してもらうんだ。これなら、俺がつきっきりにならなくても、高品質な味を二か所で同時に提供できる」
レオンの合理的な説明に、バルトは目を見開いて膝を打った。
「なるほどな……! お前が一括で仕込んで肉を渡せば、屋台が増えても味は落ちねえってわけか!」
* * *
翌日。募集に応じてやってきたのは、スラムの荒くれ者とは少し毛色の違う二人だった。
一人目は、腕にいくつもの傷痕がついた頑固そうな中年男性、ルカ。元は街の外れで肉の解体をやっていたが、大手の商会に押し潰されて店を失い、スラムに流れ着いた男だ。
そしてもう一人。使い古されたエプロンを固く結び、緊張した面持ちで立っていたのは、若い女性のリゼだった。
「リゼ……だったな。前職は?」
「……大通りの衆民向け食堂で、三年間包丁を握っていました。でも、女だからって理由で裏方の雑用ばかり押し付けられて……店主と喧嘩して飛び出してきたんです」
リゼの指先には、包丁ダコと細かな切り傷がいくつも刻まれていた。ただの素人ではない。毎日過酷な厨房で必死に包丁を握り続けてきた人間の手だ。
レオンは木箱の上から一本の包丁と、生のオーク肉を二人に差し出した。
「試験だ。この肉を、厚さ五ミリの均一な薄切りにしてくれ。皮下の硬い筋は綺麗に取り除いてな」
「ふん……ガキのくせに生意気な試験をしやがる」
ルカは悪態をつきながらも、包丁を握ると顔つきが一変した。長年の解体職人らしく、迷いのない刃筋で肉の構造を見抜き、素早く筋を削ぎ落としていく。無骨だが、肉に対する手つきは丁寧そのものだ。
一方のリゼは、息を止めるほどの集中力で包丁を滑らせた。トントンと規則正しい音が響き、切り出された肉片は寸分の狂いもなく正確な五ミリ幅に揃えられていた。
(……手際は悪くない。だが、俺たちの目指すレベルを見せておく必要があるな)
レオンは二人から包丁を受け取ると、あえて手元に残っていた別の筋ばったオーク肉へ刃を当てた。
「よく見ていてくれ」
レオンの手が動いた瞬間、ルカとリゼの目が点になった。
包丁がまるで肉の表面を滑るような、無駄のない流麗な動作。硬い筋と肉の境目を刃先が一瞬で見極め、吸い付くように余分な皮下脂肪だけが削ぎ落とされていく。寸分の狂いもなく、完璧な厚みで切り分けられていく肉片。
さらにレオンは、切り分けた肉へ静かに【微風】と【微火】の生活魔法を重ねた。
ほんの数秒。表面の余計な水分が瞬時に飛び、脂の臭みが消え去ると同時に、肉の旨味が一気に閉じ込められていく。目の前で肉の「ツヤ」と「空気感」が劇的に変化した。
「な……なんだってんだ、この包丁捌きは……!? 筋の構造を完全に把握してなきゃ、こんな切り方はできねえぞ!?」
解体のプロであるルカが、額に汗を浮かべて声を裏返した。
リゼも息を呑み、震える手でレオンの切り口を見つめる。
「包丁の引き方一つで……肉の断面がこんなに滑らかになるなんて……。それに今の魔法……ただの乾燥殺菌じゃない……!?」
「素材の性質を知り、足りない部分を技術で補う。これが俺の厨房だ」
レオンは包丁をサッと手拭いで拭い、二人に視線を戻した。
「ルカには一号店、リゼには二号店の現場を任せたい。仕込みの補助や解体はルカ、細かい包丁仕事の統括はリゼだ」
「な……合格なのかい? 本当に……女の私に屋台を任せてくれるの?」
驚くリゼに、レオンはまっすぐ視線を合わせた。
「厨房に男も女もない。あるのは、食材へ払う敬意と、客へ届ける技術だけだ。給与はスラムの相場の1.5倍出す。ただし、妥協は一切許さない」
「……ッ! ついていきます、シェフ!」
リゼの瞳に強い敬意の光が宿り、無愛想だったルカも圧倒された様子で頭をかき、「頭が上がらねえや。よろしく頼むぜ、ちびっ子……いや、シェフ」と苦笑した。
信頼できる二人の職人が加わり、屋台一号店と二号店の二台体制、レオンの『異世界ガストロノミー』は、次なる加速を見せ始めていた。




