↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/134

第19話 はじめての拠点


 手押し車での営業を終えた夕刻。スラムの街角に沈む夕闇の中、レオンたちは三人で路地裏を歩いていた。


 案内するのはゴルドだ。巨体で複雑なスラムの路地を迷いなく突き進み、大通りへと抜ける裏道の一角で足を止めた。


「ここだ、シェフ」


 目の前に建つのは、周りの木造バラックとは異なる、重厚な石造りの二階建て物件だった。湿気と苔に覆われているが、骨組みは驚くほど頑丈そうだ。


「元は薬種屋だった場所だ。煙出しの煙突も残ってて火事の心配もねえ。だが……問題はこの物件を握ってる地主だな」

「地主……? スラムの裏の顔役か?」


 「いや」と、後ろで腕組みをしていたバルトが嫌そうに顔をしかめる。


「『蛇の目』の先代が死んで、跡を継いだ一人娘のマルニだ。見た目はただの幼いガキだが……とんでもねえ偏屈で強欲な小娘だぜ」


 ゴルドが重い木の扉を押し開けると、埃っぽい店内の奥、ランプの光の中に小さな影がぽつんと座っていた。


 ダボついた高級な外套を羽織り、小さな素足を組んで椅子に腰掛けているのは、十歳にも満たないような少女、マルニだった。その瞳には、親を失ってスラムの利権を一人で守ってきた特有の、鋭く冷ややかな光が宿っている。


「……何の用かしら。あたしのシマで勝手に屋台を引いてるガキと、その用心棒たちかい?」


 マルニは不機嫌そうに鼻を鳴らし、レオンたちを見下した。


「挨拶と商談だよ、地主さん」


 レオンは一歩前に出ると、静かに店内を見回した。石造りの頑丈な壁に、広い厨房スペース。理想的な環境だ。


「この物件を借りたい。……ただし、すぐに店を開くわけじゃない」

「ハァ……? 開店もしないのに借りるってかい? 意味がわからないわね」


 マルニが眉をひそめる。レオンは動じることなく、前世で培った冷徹な経営理論を淡々と口にした。


「屋台の足場と資金をもっと固めてから、満を持して開店する。だから今は『権利の押さえ』だ。毎月、相場の半額の権利収入をあんたに支払う。その代わり、この物件を他の奴に貸さない保証と、開店準備のための改修許可をくれ」

「ふん、バカにしないで。半額の賃料なんて呑めるわけないでしょ。今すぐ全額払うか、出ていきなさい!」


 マルニがツンと澄まして跳ねつける。だが、レオンは静かに微笑んだ。


「あんたも困っているはずだ、マルニさん。この物件は頑丈だが、長年放置されて湿気が溜まっている。放置すれば木枠が腐り、資産価値は落ちる一方だ。俺が権利を買い取れば、毎日風を通し、厨房の改修も俺たちの資金で進める。あんたはノーリスクで不労所得と物件の価値維持を手に入れることになる」

「……っ」


 マルニの瞳が揺れた。十歳のレオンが口にした「資産価値」や「不労所得」という言葉の重みを、スラムの利権を管理する少女は正確に理解したのだ。


 「それに」と、レオンは懐から出来立ての『熟成ベア肉の串焼き』を取り出し、そっと差し出した。


「まずは味見だ。この肉を焼く店ができると思えば、悪くない投資だろ?」


 香ばしいハーブと焦がしバターの香りに、マルニの小さな鼻がピクピクと動く。


 おそるおそる肉を一口かじり取った瞬間、少女の澄かした顔が劇的に崩れ、両手を頬に当てて目が丸くなった。


「な……なによこれ……! 美味すぎるじゃない……っ!!」

「契約成立でいいな?」

「うぅ……っ! し、仕方ないわね! 権利だけなら半額で貸してあげるわよ! その代わり、準備中もたまにその肉を差し入れすること! いいわね!?」


 真っ赤になった顔で契約書を叩きつけるマルニを見て、バルトとゴルドは開いた口が塞がらなかった。


 焦ってすぐ開店するのではなく、拠点を確保しつつ時間をかけて理想の店舗を作り上げる。

10歳のシェフの周りに、また一人、力強い(?)協力者が加わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。