第14話 金の匂い
日が傾き、赤紫色の夕闇がスラムの路地裏を包み込む頃。
自家製手押し車の上の串は、一本残らず綺麗に売り切れていた。
「ふぅ……仕入れ分は完売だな」
レオンは手拭いで汗を拭い、炭火の残薪に【微風】を吹きかけて静かに消火した。
横で木箱にドカリと腰掛けたゴルドは、まだ夢でも見ているかのような顔で、ずっしりと重くなった革袋を両手で弄っている。
「おいおいシェフ……冗談だろ。捨て値の内臓を焼いただけで、こんなに銅貨がカチ合ってんのかよ」
「捨てるのは簡単だが、価値を引き出すのが俺の仕事だからな」
レオンがフッと口元を緩めたところへ、人混みの陰から不意に人影が歩み寄ってきた。
仲買人のバルトだ。昼間のあの熱狂を影から見届けていた男の目は、いつになく真剣な光を帯びていた。
「……大したもんだな、ちびっ子シェフ。まさかあの内臓の山が、一日で全部客の胃袋に消えるとは思いもしなかったぜ」
「約束通り、売り上げの二割だ。バルトさん」
レオンは迷いなく、売上金から計算済みの銅貨の山を別け、バルトへ差し出した。
二割という数字は小さくない。だが、安定した素材の供給と独占契約を守るための「必要経費」だ。
バルトは受け取った銅貨の重みを確かめ、一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤリと脂ぎった笑みを浮かべた。
「ふん……きっちり筋を通すじゃねえか。気に入ったぜ。……で? 明日からはどうする? 内臓の仕入れをもっと増やすか?」
「いや、焦る必要はない」
レオンは静かなトーンで首を振った。
「まずは今の供給量を維持しつつ、客に『なかなか手に入らないご馳走』という認識を植え付ける。それと同時に、次の準備を進める」
「次の準備……?」
バルトとゴルドが同時に首を傾げた。
「俺は、いつまでもこの手押し車一台で商売を続けるつもりはない。いずれスラムの出口付近に、ちゃんとした『店舗』を構える。雨風をしのぎ、座って酒と肉を楽しめる場所だ」
10歳の少年の口から出た「店舗化」という言葉に、バルトの目がピクリと跳ねた。
「店舗だと……? スラムで店を開くにしても、場所代や裏の顔役への筋通し、さらに初期費用でかなりの銀貨が必要になるぞ」
「ああ、だからこそ資金計画を立てている。焦って仕入れを増やすより、着実に利益率の高いメニューを定着させ、固定客を囲い込むのが先だ」
レオンは西麻布で店舗経営を行っていた頃の冷徹な知識と経験を基に、手元に残った利益と今後の固定費(ゴルドの給与、バルトへの仕入れ代金、将来の物件取得資金)を頭の中で淡々と弾き出していた。
単なる思いつきの夢物語ではない。明確なロードマップを持った大人の計算だ。
「……参ったな。本気でそこまで考えてやがったか」
バルトは降参したように両手を挙げ、大きく息を吐き出した。
「分かったよ、シェフ。俺も腹を括った。お前の店ができるまで、どんな珍しい肉やハーブでも、裏ルートを使って優先的に引っ張ってきてやる」
「助かるよ。頼りにしてる」
レオンは静かに微笑み、バルトの手を固く握り返した。
夕闇が深まる路地裏で、10歳のシェフを中心に、小さな「お店づくり」の足音が確かに響き始めていた。




