第44話 ポワレ
魔導炉の温もりがすっかり行き渡り、湿った防湿シートの上が居心地の良い空間に変わっていた。体を休めた四人の前で、レオンはまな板に乗せた鎧鯰のサクへ静かに視線を落とす。
「さて、晩飯にするぞ。魚料理のメインディッシュだ」
「待ってました! お腹ペコペコだよ!」
リオが膝を跳ねさせて身を乗り出す。レオンは苦笑しながら、皮目を残して切り分けた白身肉に、削り立ての岩塩とペッパー風の香草をパラパラと振った。
「皮は硬そうに見えるが、熱の入れ方次第で最高のアクセントになる。フレンチの基本、ポワレでいく」
小型ストーブに乗せた鉄板に自家製のハーブオイルを注ぐと、澄んだ油がジワリと熱を帯びて広がる。そこへ塩を打った肉塊を、皮目を下にして一気に滑り込ませた。
ジュゥゥゥッ!
静かな水脈の洞窟に、心地よい激しい焼き音が響き渡る。立ち上る煙は川魚特有の臭みなど微塵もなく、香ばしい油脂とハーブのアロマそのものだ。
「ここからが肝心だ。動かさずに皮目へじっくり火を通す」
レオンはスプーンを手に取り、鉄板の端に溜まった熱いオイルをすくい上げると、肉の表面へ何度も回しかけ始めた。
料理人が「アロゼ」と呼ぶ伝統技法だ。身をひっくり返して直接熱を当てすぎず、熱油をかけ続けることで、水分を逃がさずに中までふんわりと熱を届けていく。
じわじわと皮目がきつね色に凝縮し、端から白身がプリッと盛り上がってきた。仕上げに、仕込んでおいたデュクセルペーストをスプーン一杯すくい、焼き上がったポワレの脇へ添える。
「完成だ。鎧鯰のポワレ、巨岩茸のデュクセル添え」
「わああ……! 見た目からして完全に高級店の料理じゃない!」
エレナが感嘆の声を漏らし、木皿を受け取る。四人は待ちきれない様子でナイフとフォークを伸ばした。
リオが皮目ごと切り分けた一口を口へ運ぶ。
「んんっ……! 皮がパリッパリ! なのに、中の身がふわっふわで汁が溢れてくるよ!」
「本当ね……! あの泥臭かった魔物とはとても思えない。噛むほどに甘みがあって、添えてあるキノコのペーストと一緒に食べると旨味が何倍にも膨らむわ」
シェラも目を丸くしながら、夢中でフォークを動かす。レオンも自らの一口を味わい、静かに頷いた。
「川魚の脂と、デュクセルの凝縮された旨味が上手く噛み合ったな。過酷なダンジョンでも、仕込みと技法さえ間違えなければここまでの味になる」
温かい料理を囲み、賑やかな会話が弾む。地下水脈の冷たい水音が聞こえる野営地で、四人は満たされた胃袋とともに、次なる深層への冒険へと思いを馳せていた。




