第41話 デュクセル
地熱の冷めた岩塩洞窟の片隅で、レオンは愛用の小型フライパンを取り出し、冷めきらない岩盤の上に据え置いた。洞窟内に漂う巨岩茸の匂気は、すでに毒気を脱ぎ捨て、ナッツを炒ったかのような香ばしいアロマへと変わっている。
「下処理は完璧だ。……シェラ、仕込んでおいた硬皮豚のローストを出してくれ」
「はいはい。冷製にして肉汁を閉じ込めたまま、しっかり保冷箱に入れておいたわよ」
シェラが手際よく取り出した厚切りの肉塊を、レオンはペティナイフの刃先を滑らせて薄切りにしていく。
続けて、熱風蒸気でしんなりとした巨岩茸の柄をまな板に並べると、トントンと軽快なリズムで極小の微塵切りに刻み上げた。元フレンチのシェフとして、体に染みついた「デュクセル」茸の旨味を極限まで凝縮させるフランス料理の基本技法だ。
「リオ、直火は当てずにフライパンの底を包むように熱を送れ。じっくり水分を飛ばす」
「これくらい? 焦がさないようにすればいいんだよね」
リオが手慣れた手つきで杖を傾けると、フライパンの中からジュワジュワと力強い炒め音が立ち上り始めた。
刻んだ巨岩茸から滲み出る水分が蒸発し、一層で取っておいた硬皮豚の背脂と混ざり合っていく。そこへ洞窟の壁面から削り取った天然岩塩をパラパラと振りかけ、仕上げにペッパーに似た手持ちの香草をひと散らしした。
立ち上るのは、現代の高級フレンチレストランでもお目にかかれないほど濃密な、茸のペーストだ。
「硬皮豚の薄切り肉に、これをたっぷり乗せて巻いてみろ」
「わあ……いただきます!」
リオがフォークで肉巻きを刺し、大きな口で頬張る。噛みしめた瞬間、その瞳がこぼれ落ちそうなほど見開かれた。
「……んんっ!? なにこれ、お肉の脂と茸の旨味が合わさって、噛むたびに味が化けるよ!」
「ふふ、驚いた? 素材をそのまま焼くだけじゃなくて、フレンチのソースの概念を組み込んでいるのよ」
エレナとシェラも口へ運び、岩塩の角のない塩気と、キノコペーストの奥行きある深いコクに満足そうに目を細める。
「ダンジョンの過酷な環境だからこそ、クラシックな調理技術が活きる。ただ煮たり焼いたりするだけが料理じゃないからな」
レオンはフライパンの手入れを済ませ、腰の包丁の収まりを確認すると、洞窟の奥へと視線を向けた。岩壁の隙間からは、湿り気と共にゴボゴボと低く響く地下水脈の音が聞こえてくる。
「エレナ、ゴーグルの感度を上げろ。あの水脈の先になにかいるはずだ」
「了解よ。……水深五メートル、巨大な魚影反応あり。身が引き締まった大型の水棲魔獣ね」
「よし。スープと前菜の仕込みは上々だ。次は『魚料理』の獲物を狩りに行くぞ」
技術と工夫が生んだ一皿で活力を満たした四人は、不敵な笑みを浮かべながら地下水脈の暗がりへと足を踏み入れた。




