第39話 フルコース
二層へと続く長大な石階段を下りながら、レオンは壁の苔から漂う湿り気混じりの冷気をゆっくりと吸い込んだ。足元では湿った石畳が靴底を滑らせ、上層の喧騒が嘘のように遠ざかっていく。
「……今までさ、あのパサパサした干し肉と水だけでダンジョンに入ってたのがバカらしくなってきたわ」
後ろを歩くリオが、自分の背丈ほどもある大杖を肩に担ぎ直し、不満そうに唇を尖らせる。
「ヴェルガの冒険者にとっては、あれが当たり前だからな。生きるか死ぬかの修羅場で、腹を満たすのはただの燃料補給でしかない」
「あんなの、ただ顎が疲れるだけじゃない。……レオンたちの国でも、やっぱりみんなあんな酷いもの食べて戦ってるの?」
リオの素直な疑問に、前方を歩くエレナが魔導測量ゴーグルのレンズをカチリと切り替えながら、くすりと笑った。
「ううん。王国の冒険者たちなら、レオンが仕掛けた持ち運びやすくて美味しい『濃縮スープキューブ』や携帯食を使っているわ。今は王都の工場で、ヴォルフたちが量産してくれているはずよ」
「……えっ!? なにそれ、ずるい。この街のギルドにも売ってよ!」
驚いて大きな瞳を丸くするリオを横目に、レオンは足を止め、暗がりの奥へと広がる二層の巨大な空間を見下ろした。吹き上がってくる地下風には、一層とはあきらかに異なる濃密な魔力の気配と、巨大な苔や菌類が立ち上らせる青臭いアロマが混ざり合っている。
「王国の携帯食事業は、向こうに残してきたヴォルフたちに任せてある。だが、この大穴で俺たちがやるべきことは、ただの保存食作りじゃない」
レオンは静かに腰の包丁の柄に手を添え、暗がりを見つめた。
「恐怖の対象として魔獣を狩るんじゃない。この大穴の全階層に眠る『捨てられた未利用食材』を、俺の調理理論と解体技術で極上に変える。そして最深層に潜むという災厄の超巨大魔獣——冒険者どもが恐れなすアレを、最高のメインディッシュとして仕立てて食う」
レオンが言い放つと、シェラが短剣の柄をコンコンと叩いて楽しそうに目を細めた。
「いいわね。最深層の主を討伐するんじゃなくて、『美味しくいただく』のが目標なんて、世界中探しても私たちくらいのものよ」
「……最深層のデカい魔獣の肉。レオンが調理したら、どれくらい美味しくなるの?」
リオの目が一気に輝き、ぴんと立った耳が期待でピクピクと跳ね上がる。
「サシの入り方次第だが、これまで喰ったどんな肉よりもジューシーな一皿にしてやる。そのためには、この二層で前菜とスープの仕込みを完璧に済ませる必要があるな」
「決まりね。邪魔な魔獣は全部私が焼き払うから、とびきり美味しいやつを早く食べさせて!」
明確な『フルコース攻略』という大目標を掲げた四人の足取りは軽やかだった。ヴェルガの常識を足元から覆す、最高の探索が今、本格的に幕を開ける。




