第38話 火力
ヴェルガの大穴へと続く巨大な表口は、朝から一獲千金を狙う冒険者たちの熱気でむせ返っていた。
「よし、布陣を確認するぞ。エレナは魔導ゴーグルで前方と床下の罠の気配を索敵しろ。シェラは俺のすぐ横を固め、左右の死角を断つ。リオ……お前は後方だ。ただし、合図が出るまで無闇に魔力を解放するなよ」
アルティザン号の甲板でのミーティングをそのまま引き継ぐ形で、レオンはダンジョン入口の石畳に立ち、新しく加わった小さな仲間へと視線を向けた。
「わかってる。無駄撃ちはしない。……獲物は私が一瞬で焼き尽くす」
自分の背丈ほどもある古木の杖を肩に担ぎ、リオは不敵に顎をしゃくる。その瞳の奥には、戦闘への期待と、その後に待つレオンの飯への執着が混ざり合っていた。
重い鉄の扉が開き、四人は一層の薄暗い回廊へと足を踏み入れた。
一歩進むごとに、外の喧騒が嘘のように静まり返り、湿った冷気と古びた石の匂いが鼻腔を打つ。
「……右前方、二十メートル。壁の隙間から魔力反応。硬皮豚の群れが三匹、こちらに向かって突進してくるわ」
エレナが魔導測量ゴーグルのレンズをカチリと回し、冷静に声を張り上げた。
「きたな。……迎撃する!」
シェラが腰の短剣を抜き放ち、身構える。その脇をすり抜けるように、先頭を走っていた十歳の少女がスッと前に出た。
「私の番だね」
リオが地面に杖を突き立てる。一瞬、周囲の空気がギシリと音を立てて凝縮し、次の瞬間、凄まじい熱量を伴った爆炎の奔流が回廊を埋め尽くした。
轟音と共に、突進してきた硬皮豚の群れが赤蓮の炎に飲み込まれる。物理的な衝撃波が四人の衣類を激しく揺らしたが、レオンが瞬時に下半身の重心を落とし、シェラとエレナを背後からガッチリと支え込んだ。
炎がスッと引き、静寂が戻った回廊の中央には、完璧に炭化しかけた三頭の魔獣の姿が転がっていた。
「……おっと」
リオが少しバツが悪そうに頭を掻く。
「火力が強すぎた。肉の表面がちょっと焦げかけたかもしれない」
「ちょっとどころか、丸焼きの炭の一歩手前だ。リオ、お前は火力の加減を知らんのか!」
レオンは渋い顔を作りながら、大股で炭化しかけた獲物の前歩み寄り、その硬い外皮を包丁の背でコンコンと叩いた。
「いや、待て……。表面の脂が炭化して膜を作っているが、中の肉汁は……逃げていないな」
レオンが手早くペティナイフを走らせ、分厚い硬皮豚のモモ肉を削ぎ取るように切り開く。立ち上った湯気と共に、こうばしい肉の香りと、驚くほどジューシーな赤身の断面が露わになった。
「すげえ……外側はパリッとしてるのに、中は生きてる」
「あたりまえだ。魔獣の筋肉は繊維が硬いが、適切な熱入れを行えば、普通の豚肉以上の旨味を蓄えている。……ちょうどいい。ここで仕込みを始めるぞ」
レオンの言葉に、シェラとエレナが手際よく周囲の安全を確保し、壁際に簡易の調理スペースを作り上げる。
レオンが取り出したのは、ノースヴェイルから持ち込んだ発酵塩麹と、たっぷりの野草スパイスだ。
「リオ、さっきの熱量を半分に落とし、あの平らな岩板を狙って絶妙な余熱だけを送れ。炎をぶつけるな、熱だけを伝えろ」
「……こう?」
リオが小さく息を吐き、杖の先端から優しく揺らめく熱波を放つ。レオンが磨き上げた天然の岩板が、みるみるうちにじわりと均一な熱を帯びていった。
厚切りにした硬皮豚のモモ肉を岩板にのせた瞬間、ジューッという最高の音と香ばしい脂の匂いが地下通路に広がる。
「焼けたら食う。文句なしの絶品だ」
レオンが手際よく肉を返し、黄金色の焼き色がついた端肉を皿に取り分けた。
一層の薄暗いダンジョンの中で、四人は出来立ての熱々肉を頬張り、その圧倒的な美味さに目を丸くするのだった。




