第12話 ホルモン
バルトとの交渉が成立した翌朝。ボロ小屋の前に、ずっしりと重い木箱が運び込まれた。
「おいシェフ、バルトの部下が置いてったぞ」
見張りについていたゴルドが、木箱の蓋を足でこじ開ける。
途端に、小屋の中に鼻を突くような血生臭さとドブのような独特の臭気が立ち込めた。
「うっ……! なんだこりゃ、内臓じゃねえか。捨て場に困ったガラクタを押し付けられたんじゃねえか?」
ゴルドが顔を顰めて鼻を覆う。
木箱の中に詰め込まれていたのは、下処理もされていない魔獣オークの腸や胃袋、レバーの山だった。
この世界では、内臓は「腐りやすく臭いが強い廃棄物」として捨てられるのが常識だ。貧民でさえ、煮込みの出汁にすら使いたがらない。
だが、レオンは臭いに顔一つ眉をひそめず、ひんやりとした内臓の山に静かに手を伸ばした。
(……悪くない。新鮮だ)
指先で肉質を確かめる。弾力があり、色も悪くない。解体されてすぐの鮮度が保たれている。
「ゴルド、水を汲んできてくれ。大量にな」
「あ? おいおい、まさかこんなゴミ喰う気かよ……?」
「ゴミにするか至高の食材にするかは、料理人の手腕次第だ。フレンチでもホルモン(トリッパやリ・ド・ヴォー)は極上の逸品になる。……見てな」
レオンは袖を捲り上げ、包丁を握り直した。
ここからが、本当のプロの領域(下処理)だ。
まずは大量の塩で腸のぬめりと脂線を念入りに揉み洗いし、ドブ臭さの元となる汚れを徹底的に削ぎ落とす。冷水で何度も何度も洗い流し、血抜きを完璧に行う。
次に胃袋の硬い皮を包丁の刃先で丁寧に引き剥がし、食べやすい大きさに均一に切り分けていく。
(ここで【微風】と【微火】の出番だ)
ぬめりを取った内臓に、昨日手に入れた安酒とハーブの出殻、そして少量の塩を揉み込む。
【微風】で表面の水分を瞬時に飛ばし、においの素となる揮発成分を風で追い出しながら、ハーブの清涼感を芯まで浸透させる。
さらに、【微火】を使って五十二度の超低温でじっくりと加熱を開始した。
普通なら煮込めば煮込むほどゴムのように硬くなる内臓だが、精密な温度管理によってタンパク質が壊れず、柔らかさを保ったまま臭みだけが完璧に消えていく。
一時間後。
作業を見守っていたゴルドが、ハッと目を見開いた。
「おい……血臭さが完全に消えてる……!? なんか……香ばしいハーブの匂いがしてきたぞ!?」
「当たり前だ。素材の欠点を殺し、長所だけを引き出すのが仕込み(仕事)だからな」
レオンは下処理の終わった艶やかなホルモンを竹串へテンポよく刺していく。
本日の新メニュー『オークホルモンのアロマ串焼き』。
「さあ、仕込み完了だ。今日も稼ぐぞ、ゴルド」
10歳のシェフの指先が、捨てられるはずだった内臓に新たな命を吹き込んでいた。




