第32話 逆転のスープ
翌日、極寒の北風が容赦なく吹きすさぶ市場通りに、再び木組みの屋台が手際よく設営された。
食糧商工ギルドの役人どもは、肉や小麦粉の卸値を吊り上げることでレオンたちの足を引っ張り、屋台を潰す腹積もりだったのだろう。
だが、寒さに震えながら集まってきた労働者たちの前に並べられたのは、ギルドの意図を完璧に打ち砕くまったく新しい極上の熱気だった。
「本日のメニューは『鬼棘ウツボの極上白湯スープ』と、骨切りウツボのサクサクフリットだ!」
バルトの声と共にダッチオーブンの重い鉄蓋が開けられた瞬間、港の生臭さなど微塵も感じさせない、濃厚で香ばしい魚介の旨味とニンニクの芳醇なアロマが周囲一帯に弾けた。
極寒の地でじっくりと煮込まれたゼラチン質が贅沢に溶け込んだ白濁スープは、表面に熱を閉じ込める油膜を貼り、トロリと重厚に波打っている。そこへ、レオンの緻密な包丁仕事によって極小の小骨すら感じさせなくなったウツボの身を、低温と高温の二段揚げでカラリと仕立てたフリットが添えられていた。
「おいおい……ウツボだって!? あの港の隅で投げ捨てられてるゴムみたいに硬い魚か!?」
「騙されたと思って一口食ってみろ! 一杯たったの銅貨3枚だ!」
不安げにスープを木皿ごと口に含んだ鉱員の目が、驚愕で激しく見開かれた。
「な……なんだこのコクは!? 喉を通った瞬間に、寒さで縮こまってた胃袋の底から熱がじわじわ広がってきやがる! それにフリットも衣がサクサクで、中から濃厚な旨味と肉汁がジュワッと溢れてくるぞ!」
「骨なんか一口も当たらねえ! ギルドが売りつけてくる高くて固い安肉スープなんかより、圧倒的に美味いじゃねえか!」
口コミは瞬く間にノースヴェイルの街中を駆け巡った。商工ギルドが買い占めて高値をつけた肉や小麦粉など端から当てにせず、廃棄同然のウツボをレオンの確固たる調理理論と職人技で劇的に化けさせたことで、誰もが納得する破格の値段で提供できたのだ。
高値で肉を売ろうと高を括っていた商工ギルド直営の露店からは客がすっかり引き、レオンたちの屋台には昨日以上の長蛇の列が出来上がった。
「ざまあみろ、強欲なギルドめ! 俺たちのシェフの腕を舐めるなよ!」
バルトが快哉を叫びながら、大鍋から熱々のスープを威勢よく汲み上げていく。
やがて用意していた食材がすべて完売し、片付けを終えた厨房の片隅で、ミルカが温かいスープの残りを小さめの器に注ぎ、バルトの元へと静かに歩み寄ってきた。
「バルトさん、本当にお疲れ様でした。こんなに安くて美味しい料理で、街のみんなを芯から笑顔にしてくれるなんて……すごく素敵です」
「あ、いや……俺はただ、レオンの補助と大鍋を運んだだけで……」
照れくさそうに頭を掻くバルトに、ミルカはそっと微笑み、そのゴツゴツとした大きな手を
両手で優しく包み込んだ。
「ううん。力強く作業を手伝ってくれて、すごく頼もしくて……バルトさんがいてくれて、私、本当に嬉しいです」
「……っ!」
手を通して伝わってくるミルカの小さなぬくもりと、まっすぐな眼差し。バルトの胸の中で、これまで波乱の船旅の中で感じたことのない、熱く確かな感情が激しく渦巻いていた。




