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三つ星シェフ、街角の屋台から始める異世界グルメ  作者: Green Rabbit
第二部・世界航海&魔境ダンジョン編
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第28話 熱狂の波紋


 押し寄せた人波の熱気は、吹きつける北風の冷気すら一瞬で押し戻すほどの凄まじさだった。


「俺が先だったぞ!」「おい、売り切れる前に5個頼む!」「銅貨ならここにある、早くくれ!」


 最初は数人の鉱員と冒険者だけだった人集まりが、ものの十数分で通りを半ば埋め尽くすほどの長蛇の列へと膨れ上がっていた。


 一口食べた者が上げる歓喜の叫びと、ダッチオーブンから溢れ出る焦がしバターの匂いが、凍えていた街の人々の胃袋を容赦なく揺さぶり続けている。


「順番だ、押すな! 列を崩すなよ!」


 バルトが大声を張り上げながら押し寄せる客を捌き、シェラは流れるような手捌きで木皿に切り分けたパイを乗せ、次々と受け渡していく。


 レオンは休むことなく包丁を走らせ、トカゲの不飽和脂肪酸と茸の出汁を合わせた乳化ソースを力強く回しかけ続けた。


「冷えてもソースが固まらねえぞ……!」「パイ生地がサクサクのままだ、なんだこの食感は……!」「腹の底から急激に熱くなってきやがった!」


 客たちが一口口に運ぶたび、感嘆の声が上がる。ノースヴェイルの厳しい冬において、温かい食事は単なる贅沢ではなく、命を繋ぐための燃料そのものだ。


 冷えても固まらない不飽和脂肪酸のソースと、湿気を弾く軽量なパイ生地、レオンの計算し尽くされた調理理論が、極寒の地に住まう人々の渇望と完璧に合致していた。


 列の最後尾近く、身なりの良い革羽織を着た初老の男が、じっとその光景を見つめていた。ノースヴェイルの市場街でいくつもの安屋台や食堂を取り仕切る、老料理人のギドだった。


「……バカな。この氷点下の屋外で、パイの脂が浮きも固まりもせず、生地がサクサクだと……? 一体どんな仕込みをすれば、こんな真似ができるんだ」


 ギドは差し出されたパイを銅貨と引き換えに受け取り、かじかんだ手で一口噛み締めた。


 ガツッ、サクッ。


「……っ!? なんだこれは……動物の脂特有の臭みやベタつきが一切ない。それどころか、茸の旨味と肉の汁が、サラリとしたソースと共に喉を滑り落ちていく……! こんな温度管理と油脂の維持は不可能なはずだ……!」


 長年の勘と経験を誇る職人だからこそ、その皿に込められた凄まじい調理の異常さが理解できた。魔導具などの安易な道具に頼らず、素材そのものの融点と性質を見極め、包丁ひとつの技量で極寒の環境を打ち破っている。


「完売だ! 今日の仕込み分はこれで終わりだ!」


 バルトの威勢の良い声が響き渡り、列の後ろに並んでいた人々から大きな落胆の溜め息が漏れた。準備していた大型ダッチオーブン3鍋分、百人分を超えるパイは、昼前には跡形もなく姿を消していた。


「あー、腕がパンパンだぜ……だが、これだけの客が喜んでくれたなら儲けものだな」


 バルトが汗を拭いながら笑い、シェラも小さく息を吐いて木皿を片付け始める。


「いい出だしだ。だが、これで終わらせるつもりはない」


 レオンは空になった鉄鍋の底を見つめながら、静かに包丁を収めた。


「ノースヴェイルの冬はまだ始まったばかりだ。次はさらに深く、この街の胃袋を掴みにいくぞ」


 街角の小さな屋台から放たれた熱塊は、ノースヴェイルの冷えた街並みに、確かな変革の波紋を広げ始めていた。

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