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三つ星シェフ、街角の屋台から始める異世界グルメ  作者: Green Rabbit
第二部・世界航海&魔境ダンジョン編
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第26話 黄金


 じわじわと炭火の熱を溜め込んでいた重厚なダッチオーブンから、パチパチと心地よい油脂の爆ぜる音が漏れ出し始めていた。


 レオンが革手袋をはめた手で重い鉄蓋を持ち上げると、内部に閉じ込められていた濃密な湯気とアロマが一気に噴き出し、アルティザン号の調理場全体を黄金色の香ばしさで満たしていった。


「……よし、完璧な焼き上がりだ」


 鉄鍋の底から慎重に取り出されたのは、表面に美しい網目模様をまとい、見事な黄金色に焼き上がった大きな『タルト・サレ(パイ包み焼き)』だった。焼きムラひとつない生地の表面はパリリと引き締まり、レオンがナイフの背で軽く叩くと、サクッ、とパラついた快い高音が響き渡る。


「刃を入れるぞ」


 ザクッとナイフが厚手のパイ生地を断ち切った瞬間、内部に充満していた猛烈な熱気とともに、霜降り茸の甘いアロマと大鹿の赤身肉が放つ力強い旨味が部屋中に弾けた。断面からは、トカゲの不飽和脂肪酸と熟成魚醤(ガラム)が溶け合った熱々の肉汁がジュワリと溢れ出してくる。


「熱いうちに食ってみてくれ」


 切り分けられた熱々のパイを木皿に盛り、トカゲの脂と茸の軸の出汁を力強く乳化させた濃厚ソースをたっぷりと回しかけ、バルトとシェラ、そしてエレナの前に差し出す。


 待ちきれない様子でナイフとフォークを伸ばしたバルトが、切り分けたパイを大きく一口で口へと放り込んだ。


「あつっ……! うおっ……なんだこれ、生地が信じられないくらい軽いぞ!?」


 バルトの目が驚愕に見開かれる。豪快に咀嚼するたび、調理場に爽快なサクサクという音が響いた。


「外側は軽やかなのに、中の餡と一緒に噛み締めた瞬間、口の中でふわっと解けて消えていく……! それにこのソース、冷たいパイ生地に絡んでいるのに脂のくどさが一切ねえ! 肉と茸の旨味だけが喉を力強く突き抜けていくぞ!」

「ん……美味しい……!」


 シェラも目を見開き、熱さにハヒハヒと息を漏らしながら頬を緩ませた。


「普通のパイなら冷えた脂で生地がベタついて重くなるのに、これは噛むたびに心地いい音が鳴るよ。それに……胃の中に落ちた瞬間に、全身の毛細血管が一気にひらいて熱が走るみたいだ」


「……本当ね。トカゲの不飽和脂肪酸が生地の水分を適度に弾きながらグルテンの網目を絶妙に引き締めているから、冷気に当たっても固まらず軽やかさが残るのね。この寒気の中でも、最後までソースがサラリとしたまま美味しくいただけるわ」


 エレナも感嘆の息を漏らしながら、フォークの上の生地をまじまじと見つめ、余韻を楽しむようにゆっくりと飲み込んだ。


「この冷めないパイと固まらないソースなら、極寒のノースヴェイル市場でも最高の状態で提供できる。冷えた体で働く港の労働者や、凍えながら帰ってきた冒険者たちの活力に必ずなるはずだ」


 レオンはそう語りながら、明日からの市場出店に向け、手際よく仕込みの道具を整え始めた。


「よし。この熱々のタルト・サレで、ノースヴェイルの街全体の冷えた身体を内側から爆発的に温めに行くぞ」


 レオンの力強い言葉に、バルトとシェラが力強く頷く。ノースヴェイルの厳しい冬を打ち破る熱き一皿のお披露目が、いよいよ始まろうとしていた。

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