↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つ星シェフ、街角の屋台から始める異世界グルメ  作者: Green Rabbit
第二部・世界航海&魔境ダンジョン編
PR
112/136

第25話 熱塊


「ただいま、エレナ。約束通り、最高の土産を持ち帰ったぞ」


 アルティザン号のタラップをギシギシと鳴らして上がってきたレオンが、ズシリと重みのある皮袋を中央の作業台の上に置いた。後ろに続くバルトとシェラも、防寒具の毛皮に薄っすらと白い霜を付着させたまま、安堵の息を吐き出す。


「お帰りなさい、3人とも。見たところ大きな怪我はなさそうね」


 エレナは手際よく湯気を立てるハーブティーの入った木コップを三人に差し出すと、レオンが紐を解いた皮袋の中身へと視線を向けた。


 中から現れたのは、淡い青色の美しい光沢を放つ『霜降り茸』と、丁寧に血抜きが施された『氷鱗トカゲ』の腹から削り出された純白の油脂塊、そしてきめ細やかな赤身肉だ。


「……すごいわね。港の冷気が入り込む船内なのに、トカゲの脂がまったく固まっていないわ。指先で触れるだけで、体温ですっと透明な液状に溶けていく」


 エレナがガラス棒で脂の表面を突くと、通常のラードや牛脂のように白く結晶化することなく、トロリと滑らかな感触が返ってきた。


「体内に極寒の猛毒と並行して蓄えられた、特殊な不飽和脂肪酸の塊だな。氷点下に晒されても白く凝固しない性質を持っている。そしてこの『霜降り茸』は、氷床の下で細胞の中に糖度とアミノ酸を極限まで溜め込んでいる」


 レオンは手際よく調理台へ向かうと、鋳鉄製の分厚いダッチオーブンを引き寄せ、薪ストーブの火力を丹念に調整し始めた。


「以前仕込んだオイル煮のコンフィも悪くはないが、このノースヴェイルの労働者や冒険者が真に求めているのは、一口で身体の芯から全細胞を叩き起こすような熱量だ。今回はこの脂の特性を活かし、冷えても絶対にサクサク感が失われない『濃厚なパイ包み焼き(タルト・サレ)』と、その焼き汁を極限まで乳化させた極上ソースを作る」


 レオンはトカゲの不飽和脂肪酸とノースヴェイル特産の発酵バターを冷水と合わせ、手早く小麦粉へ練り込んでいく。


「固まらないトカゲの脂を生地に組み込むことで、冷気に当たってもグルテンが締まりすぎず、焼き上がりは驚くほど軽やかになる。中に詰めるのは、刻んだ霜降り茸と大鹿の赤身肉、それに熟成魚醤(ガラム)と鉱泉塩で旨味の輪郭を際立たせた濃密な餡だ」


 オーブン代わりに温めておいた重厚な鉄鍋の底に落とし粉を敷き、網目模様を丁寧に刻んだパイ生地を滑り込ませる。重い鉄蓋を被せて炭火を乗せると、間もなく船内いっぱいに、香ばしいバターの焦げる匂いと茸の濃密なアロマが爆ぜるように広がり始めた。


「焼き上がりに合わせ、トカゲの脂と茸の軸から取った出汁を力強く乳化させた熱々の濃厚ソースを回しかける。……冷めても硬くならないパイと、絶対に固まらないソースの組み合わせだ」

「……うお、鼻が曲がりそうなくらい良い香りが漂ってきたぞ! なぁレオン、皿の準備ならもうバッチリだ!」


 バルトが木皿とナイフを構えて身を乗り出し、シェラもまた期待に目を輝かせながら、鉄鍋の隙間から立ち上る白い湯気をじっと見つめていた。


 ノースヴェイルの厳しい冬を完全に打ち破る、新たなガストロノミーの傑作が、いま静かに産声を上げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。