第24話 氷鱗の狩獲
氷の床を蹴り、青白い結晶のウロコを纏った巨大な影、『氷鱗トカゲ』が巨躯に似合わぬ狂気的な速度で躍りかかってきた。
凄まじい冷気を帯びた鋭い氷爪が空気を切り裂くが、シェラは一切の無駄な動きを削ぎ落とした身のこなしで、その襲撃を紙一重でかわす。
出発前に口にした特製のポータブル・ペミカンのおかげで、指先から足の裏の関節に至るまで完璧な体温が満ちていた。極寒のダンジョン内とは思えないほど身体のキレが良く、極限の緊張感の中でも呼吸が乱れることはない。
「バルト、大振りするな! 背中のウロコは刀が通らんほど硬いが、エラ下の毒腺と腹側の油脂層だけは絶対に傷つけるなよ!」
レオンの冷徹かつ的確な指示が、凍てつく洞窟の空気を引き締める。ただ暴れる魔獣を討伐するのではない。極上の食材として、一滴の血や脂すら損なわずに回収するための「完璧な狩り」だ。
「言われなくても分かってらぁ!」
バルトが渾身の力で大剣の柄を氷の床に叩きつけ、トカゲの強烈な突進の軸足を正確に払って体勢を大きく崩させる。すかさずシェラが流れるような足捌きで踏み込み、無防備になった喉元の急所へ短剣を深く突き刺した。無駄な出血を一切出さず、心臓と中枢神経を一突きで絶命させる見事な連携だ。
「ふう……上出来だな。この腹部の白い油脂層は、常温でも固まらない特殊な不飽和脂肪酸を含んでいる。それに、氷の底に眠る『霜降り茸』もこれで完璧に削り出せる」
レオンは手際よく専用の細身ナイフを振るい、トカゲから極上の脂と身、そして周囲の冷気をまとった青白い茸を手際よく剥ぎ取って、次々と頑丈な皮袋へと収めていった。
* * *
その頃、ノースヴェイルの荒涼とした港に係留されている魔導船『アルティザン号』。
甲板に吹き付ける鉛色の凍てつく潮風の中、エレナは防寒用の厚手コートのフードを深く被り、船の心臓部である魔導機関と物資倉庫の点検作業に追われていた。
「ノースヴェイルの潮風は、サン・ロザリアの湿気とは質が違うわね……。少しでも油断すると、魔導回路の結露が一瞬で凍りついて機関が止まっちゃう」
エレナは白く染まる息を小さく吐き出しながら、繊細な指先で魔法鉱石の接続部に専用の防腐油を丁寧に塗り込んでいく。彼女が担っているのは、単なる船の運行管理だけではない。レオンたちが持ち帰るであろう過酷な環境下の特殊食材を、一瞬たりとも品質を落とさずに保管するため、船内の温調や調湿システムを完璧に維持する職人としての役割だった。
甲板での作業を終え、暖かな灯りの漏れる船内の調理場兼倉庫へ戻ると、机の上には王都や南部から届いたばかりの通信伝書が山積みにされている。
「本国の市場も、サン・ロザリアの屋台街も、レオンが残していったレシピのおかげで順調に回っているみたいね。……あとは、あのバカな男たちが無事に北方の極上食材を抱えて帰ってくるのを待つだけよ」
エレナはストーブの上で静かに湯気を上げる薬缶から、香りの良いハーブティーをカップへと注ぎ、ふうふうと息を吹きかけながらゆっくりと口に含んだ。
「さて……トカゲの特殊な油脂と霜降り茸が戻ってきたら、すぐに仕込みに入れるよう、熟成庫の温度をもう一段階微調整しておきましょうか」
静寂に包まれた船内で、ストーブの薪がパチパチと心地よい音を立てる。
遠く離れた氷の洞窟で戦う仲間たちを迎え入れるため、エレナの手もまた、止まることなく静かな誇りを持って動き続けていた。




