第23話 溶ける薪
ノースヴェイルの北方にそびえる険しい山脈。その麓にぽっかりと口を開けた『氷鱗洞窟』の入口は、外気すら生ぬるく感じるほどの猛烈な冷気を吹き出していた。
洞窟の壁面や天井は青白い氷の層で覆われ、足を踏み入れるたびに靴底の下でギシギシと硬い氷が悲鳴を上げる。吐き出す息は白く霧のように立ちこめ、少しでも立ち止まれば指先の感覚が急速に失われていく。
「……噂以上の寒さだな。息を吸うだけで肺の奥がツンと痛むぜ」
バルトが手袋をはめた手で口元を覆いながら、氷の壁を見回した。
洞窟の浅層では、先に入った冒険者たちが幾つかの焚き火を囲んでいた。だが、極寒の冷気に対して薪の火力が圧倒的に足りず、誰もが身体を小さく丸めて震えている。
中にはカチコチに凍りついた干し肉を必死にナイフで削り取ろうとしては諦め、溜め息をつく者の姿もあった。
「寒さで体温が下がると、胃腸の動きが止まって固形物を受け付けなくなる。そこに無理して冷え切った固い食料を放り込んでも、エネルギーになる前に身体の熱を奪われるだけだ」
レオンは静かに語りながら、腰の革袋から一口大のポータブル・ペミカンを取り出した。
「シェラ、バルト。一階層を抜ける前に、これをひとつ口に入れておけ」
受け取った固形バーを、二人は躊躇なく口へ放り込む。
外気に晒されていたにもかかわらず、表面はしっとりとした柔らかさを保っていた。そして舌の上に乗った瞬間、噛むまでもなく体温でスーッと滑らかに溶け出していく。
「……あ、すごい。口の中で解けた瞬間に、首のあたりからじわっと温かい血が巡り始めるのがわかる」
シェラが驚きに目を細め、双剣を握る指先を軽く動かした。かじかみかけていた関節に即座に柔軟性が戻り、身体の芯に確かな力が満ちていく。
「これなら腹に負担をかけずに、ダイレクトに動力を補給できるな。……さあ、先へ進もう」
一層の寒さをものともせず、レオンたちは軽快な足取りで二層へと続く傾斜を下っていった。
二層目に降り立つと、周囲の氷の透明度が一段と増し、青みがかった美しくも静寂な空間が広がっていた。天井からは鋭い氷柱が立ち並び、地面は全面が滑らかな氷床で覆われている。
「レオン、あそこを見ろ!」
シェラが壁際の分厚い氷床を指さした。
半透明の氷の下、まるで霜降りの高級肉のような白い斑点模様を帯びた、小ぶりな茸の群生が透けて見えている。極寒の地でのみ自生すると言われる『霜降り茸』だ。
「氷の下で極限の糖度と脂肪分を溜め込んでいるな。傷つけないよう、周りの氷ごと慎重に切り出すぞ」
レオンが専用の細身のナイフを取り出した、まさにその時だった。
ズズ……と、奥の暗がりから氷が擦れ合う不穏な重低音が響き渡り、青白い結晶のウロコを纏った巨大な影がゆっくりと姿を現した。




