第22話 結晶
薪ストーブの柔らかな熱気が充満する石造りの部屋で、レオンの手元は研ぎ澄まされた職人の動きを見せていた。
分厚い鉄鍋の中で、純白の鹿脂とノースヴェイル特産の発酵バターが黄金色の液体となって静かに揺れている。そこへレオンが投入したのは、あらかじめローストして限界まで水分を飛ばし、細かく粉砕しておいた大鹿の赤身肉のパウダーだ。さらに、寒さで極限まで糖度を高めた根菜の乾燥粉末を、少量ずつ慎重に振り入れていく。
「ただ肉の粉末と脂を混ぜ合わせるだけじゃ、冷えたときに脂が分離して旨味が支離滅裂になる。極寒の地でも口当たりを滑らかにし、味を一体化させるために必要なのが、アミノ酸と塩分による『乳化』の科学だ」
レオンは小瓶から熟成魚醤を数滴垂らし、ノースヴェイルの濃密な鉱泉塩を絶妙な塩梅で加えると、手にした泡立て器を叩きつけるようにして素早く、かつ力強く練り上げていった。
ジワジワと色合いが変わり、油脂、タンパク質、塩分、そして微量の糖分が完璧に混ざり合っていく。鍋の中の液体は、やがて艶やかで深みのある褐色をした濃密なペースト状へと変貌を遂げた。
「これを平たい型に流し込んで、外の冷気で一気に固める」
手際よく木枠の型へ流し込み、裏手の雪の上に数分ほど置く。冷気によって表面が締め上げられたそれを取り出すと、見た目こそ素朴な褐色をした一口サイズの固形バーへと仕上がっていた。
「よし、試してみてくれ。ノースヴェイル仕様の『ポータブル・ペミカン』だ」
レオンから固形バーを受け取り、シェラとバルトが同時に口へと運ぶ。
指で触れた感触はしっとりと柔らかく、氷点下の屋外に置いていたにもかかわらず、カチコチに凍りつく気配すら見せていない。
「……ん!?」
シェラの大きな目が、驚きで丸く見開かれた。
「口に入れた瞬間、噛み砕く必要すらなく、舌の温度でスーッと溶けていく……! ギトギトした脂っこさが全然なくて、濃厚な肉の旨味とバターの香ばしさが一気に口の中に広がるよ!」
「うおかあ……! なんだこれ、胃の中に落ちた瞬間に、腹の底からじわっと熱が込み上げてくるぞ! 凍えるどころか、指先の冷えまで一気に吹き飛びそうだ!」
バルトが己の掌を握ったり開いたりしながら、感嘆の声を上げた。
「水分を完全に排除し、油脂が溶け出す融点を人間の体温よりわずかに低く設定してある。だから外気では形を保ち、口に含んだ瞬間に溶けて即座に高カロリーなエネルギーへ変換されるんだ。熟成魚醤の塩分と旨味が油脂のしつこさを打ち消し、後味を洗練させているのさ」
レオンは完成した北方用ペミカンを皮袋へ綺麗に詰め込むと、革紐でしっかりと口を縛った。
「凍らない携帯食と、身体を温めるスープのノウハウは揃った。……これで、あのダンジョンの深層でもまともに戦えるはずだ」
「ふふ、いよいよ『氷鱗洞窟』だな。噂の『霜降り茸』に『氷鱗トカゲ』……どんな味が潜んでるのか、今から楽しみで仕方がねえよ」
バルトがニヤリと不敵に笑い、シェラも腰の双剣の柄に手を添えて力強く頷いた。
極寒の地ノースヴェイルで培った新たな食の知恵を胸に、レオンたちは未知の食材と極寒の脅威が待ち受ける氷結ダンジョンへの挑戦を決意するのだった。




