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三つ星シェフ、街角の屋台から始める異世界グルメ  作者: Green Rabbit
第二部・世界航海&魔境ダンジョン編
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第15話 託される知恵と旅立ちの帆


 コンフィに続き、レオンは柑橘の酸で身を締める技法と、ハーブの枝葉を焚いた煙で表面を燻し上げる簡易燻製のやり方を手早く示してみせた。


 特別な魔法道具など何一つ使っていない。どれも港の市場で安く手に入る塩や油、地元のハーブ、そして柑橘の果汁と薪の煙だけだ。


「……本当に、魔法の箱がなくても魚が傷まねえどころか、前より美味しくなっちまった」


 屋台のおやじが、薄く切った燻製サバを噛み締めながら、感極まったように声を震わせた。


「これなら……獲れすぎた日も捨てる必要がねえ。傷むのを恐れて叩き売りしなくても、自前で仕込んで翌日の屋台で出せる!」


 周りの漁師や屋台店主たちも、自分たちの手で明日から試せる知恵を得て、興奮気味にレオンの手元とメモを凝視している。


 その様子を甲板の端で見つめていたエレナが、ふと思い立ったように足元の小さな木箱に視線を落とした。彼女とレオンが『アルティザン号』での実験用に組み上げた、小型の試作魔導保冷箱だ。


「ねえレオン。この試作品の保冷箱、いくつか彼らに安く譲ってあげたらどうかしら? これがあれば仕込みももっと楽になると思うけれど」


 エレナの言葉に、近くにいたおやじたちが期待の眼差しを向けかけた。だが、レオンは静かに首を横に振った。


「気持ちはわかるが、やめておいた方がいい」

「どうして? 箱自体は安く譲れるわよ」

「箱を安く手に入れても、それを動かす魔導結晶や氷代は重くかかり続ける。最初だけ便利に思えても、結局その維持費が彼らの生活を圧迫することになるんだ。道具を与えて依存させるより、自分の手と身近な素材だけで食い扶持を稼げる『知恵』を残す方が、ずっと息が長い」


 レオンの言葉に、エレナはハッとしたように目を見開き、やがて納得したように柔らかく微笑んだ。


「……そうね。私の浅はかさだったわ。道具は壊れたら終わりけれど、一度身につけた技術と知恵は、誰も奪えない財産だものね」


 おやじも深く頷き、力強く頭を下げた。


「旦那の言う通りだ! 俺たちに必要なのは高価な魔法の箱じゃねえ。この手と身近な材料で、たくましく生きていくための腕なんだよ。……最高の知恵を教えてくれて、本当にありがとうよ!」


 知恵を授かった男たちは、清々しい笑顔で何度も感謝の言葉を重ねながら、晴れやかな顔で船を下りていった。


 熱気あふれる埠頭の喧噪を背景に、バルトがドスンと大きな樽を甲板に置き、額の汗を拭った。


「ガハハ! これで港の奴らも自分の足で立っていけるな! ……さてレオン、サン・ロザリアでの仕入れと仕事も、これで一区切りだな?」


 バルトの言葉に、レオンは港の風を胸いっぱいに吸い込んだ。


 熱帯の豊かな食材、熟成魚醤、鉱泉岩塩、そして翡翠大甲蟹。この南国の港町で手に入れられる至高の味覚と知恵は、十分に揃った。職人としての嗅覚が、次の未知なる味覚へと向かって動き始めている。


「そうだな。この街でやるべきことはやり切った。……次の港へ向けて、出航の準備を始めよう」

「了解だ! シェラ、錨を上げるぞ! 目指すは次の海だ!」


 バルトの威勢の良い掛け声とともに、『アルティザン号』の白い帆が南国の風を受けて大きく膨らんだ。


 立ち上る潮騒と歓声に見送られながら、船は新しい食材とまだ見ぬ料理を求めて、青々とした大海原へと滑り出していった。

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