守ル者
幽宮神社の社家に案内された。神主さんの指示に従って、私と静香ちゃんは縁側に腰かけた。
「はいよ。とりあえず、手と足には包帯を付けといたからね。足の方は、これも霊障の内だからね。清めておこうか。」
神主さんはそういうと、どこからか清め塩を持って来て、足首に振りかけてくれた。
「…ありがとうございます。」
「はい、これで500円ね。」
「あっ、ちょっと待ってください。今財布を。」
「あっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!本当に取るわけなかろうて!!!お前さん面白いな!」
「え…あはは…。」
ついさっき命懸けのところを助けてもらった私からすれば、十万円も安く感じるほどだけど。静香ちゃんは眉をひそめてた。
「それはさてと、お前さん、とんでもないモノを連れて来たね。」
神主さんは外を見ていた。その視線の先にはあの男の霊が、首を傾けて静かに立っていた。ここは境内。霊が入れるはずがない。
「はっはっは。こんな神社程度の結界じゃあ、お前さんを退けることはできんってか?」
静香ちゃんは警戒態勢に入って、いつでも私を庇えるように腰を上げた。
あの霊は明らかに私たちを助けた。それを知っているからか、私はさっきの怪物を見たような恐怖は感じなかった。
「ふむ…あれはさっきお前さんたちが遭遇した霊のような悪いもんじゃないようやな。」
神主さんは”それ”に対して手招きをした。
「お前さん、そこにずっと立っとらんでさっさとこっち来な。」
そう言うと、霊は一度の瞬きの間に、3人の前に姿を現した。霊は神主さんをじっと見ている。敵だと思っているのか、自分を拒絶しなかったことに興味を示したのか。
「お前さん、とんでもない力を持っとるな。どこのモンだい?」
考えてみれば、この霊は片手1つで”伊藤さん”の首を引き千切った。あの霊とは比にならないのは当然と言えば当然だった。
「…。」
「ふん、死人に口なしとは言ったものだが、霊とてもう少し話してもいいやろが。」
「…。」
「神主さん。この人、さっき私たちを助けてくれたんです。」
「そうやろな。さっきの霊の姿を見れば想像つくさ。お前さんたちがあんなことできるわけなかろうて。ついでだ。この子らを助けたお礼にお前さんの未練を聞いてやろう。言うてみい。」
「…。」
「お前さんの未練を果たさせてやろう言うてるんや。そこまで無口にならんでいいやろ。」
「…。」
「…お前さん、まさかとは思うが…自分の未練がわからんのか?」
「…。」
「…長年の勘やが、おそらく図星やな。無口な霊たちは、よく指を差したりして何か伝えようとしたりするが、お前さんは何もせんじゃないか。」
「そんなことあるんですか?」
「いや、初めてのケースやな。未練を果たすために生まれた霊が、未練を知らないなど、何たる皮肉。」
「その…”浄化”ってのはダメなんですか?」
「今の子たちは未練を果たすことと浄化の違いもわからんのかいな。」
「”霊が消滅する条件は、未練を果たすか浄化されるか”としか言われてないです。」
「まあ、霊災から身を守るためだけならその情報だけで十分っちゃ十分やな。その二つは全くもって違うよ。そもそも霊っていうのは、肉体主が死後にやり残したことを代わりに叶えるためにおる。それが未練。未練が果たされることで肉体主は霊界で救われるってわけや。”浄化”ってのは、霊を清めることによって強制的に霊界に追い返すこと。つまり未練を果たせずに終わる。未練を残した肉体主からすれば拷問のようなものよ。死後が極楽浄土か輪廻転生かはわしもようわからんが、少なくとも幸せになることはない。」
御札を貼られ、もがき苦しむあの霊の姿が脳裏に浮き出た。神主さんの話が本当ならば、伊藤さんはもう、幸せになることはできない。
「勘違いしちゃいかんのが、霊は別に肉体主の魂ではないってことや。あくまで代理人さね。だから肉体主とは性格が全く違う。ただ未練をその身に宿した別人よ。だから気を付けな。たとえ身内の霊でも平気でお前さんたちを霊災に巻き込むし、邪魔だと思えば容赦なく殺そうとしてくる。」
「…はい。」
「そういえば、お前さんたちを襲った霊は、お前さんを殺すことが未練のようやったな。人の人間関係に首を突っ込む気はさらさらないが、お前さん、あの女の霊の肉体主にそこまで恨まれるようなことをしでかしたんかい?」
「私…あの人から虐められてただけです。」
「お姉ちゃん虐められてたの?」
「…うん。でも別に苦痛じゃなかったから、大丈夫。」
静香ちゃんは懐疑的な目で見つめて来る。
「少なくとも仲が良かったわけではなかったってことやな。これ以上はもう詮索したりせんよ。」
夕日の端が山脈の後ろに隠れ始めた。
「さあさあ、もう行きな。お前さんたちの脅威はもう霊界に去ったさ。お父さんお母さんも心配するやろて。」
「わかりました。」
縁側から降りてみると、驚いたことに足首の痛みがなくなっていた。清め塩の力はすごい。手の方はまだ痛かった。これは霊に直接つけられた傷じゃないからなのだろう。
「今日はありがとうございました。」
私と静香ちゃんは深々とお辞儀した。
「はいはい。困ったらまた来てな。いつでも助けてやるさ。」
気付けば男の霊はこちらを見ていた。でもどうしてか、危険は一切感じなかった。やっぱり、あの時トラックから助けてくれたのは…
「静香ちゃん、行こっか。」
「うん。」
霊の視線を受けながら、私たちは元来た階段を降りて家に向かった。家は近い。今日はもう早く帰ろう。
「お前さんはまだここに残る気かい?」
「…。」
「まあ、聞きたいことがあるんやろ?…はあ……わしはお前さんの未練を知っとる。」
「…。」
「…"教えてくれ"と言わんばかりの沈黙やな。表情は変わらんが、どうせそう思っとるんやろ?わしは神主だ。霊のスペシャリストや。霊の未練を透視することはようやっとる。お前さんのわからない未練も容易いこった。」
「…。」
「だが、悪いが教えてはやれんな。…理由を聞きたいか?それは簡単や。お前さんに未練を教えたら、お前さんはきっと色んな人々を呪い殺す。そういう未練なんや。お前さんのは。」
「…。」
「わしが憎いか?言っておくが、わしに触れない方が身のためや。わしはこれでも神主、神聖な身なんや。いくらお前さんが強力な霊だとしても、わしに触れればその腕は吹き飛ぶさ。鼠の中での強者が虎に挑むようなものさね。」
「…。」
「いいかい?未練を知ったお前さんがどれだけ賢く動こうとしようが、所詮、霊は霊。死んでいる人間さ。生きている人間の本当の気持ちを読み取ることは難しいんや。それができるなら霊災でここまで人は死にはせん。」
「…。」
「霊の善意ほどトンチンカンなものはない。考えるより勘に頼る方が上手くいくさね。だからお前さんには教えない。わかったかい?本能で物事を判断しな。それが1番正しかったりするものさ。」
「…。」
「神主さーん。」
遠くから声が聞こえてきた。
「巫女が来た。一度身を潜めな。」
男の霊はすぐに消え失せた。
「どうしたんや。」
「さっきからずっと悪寒がするんですけど、何かありましたか?」
「風邪引いただけやないんか?」
「ええ?そんなことはないと思いますけど。」
「日が沈んで来とる。今日はもう帰りな。お従事お疲れさん。」
「わかりました。では私はお先に失礼します。」
「はいよ。」
「…うーん…なんかおかしい。」
ブツブツ言いながら巫女は去って行った。
「ふん、バイトのくせになかなか素質のある子やね。あそこまで第六感が優れているとは思わんかったわい。」
ぬるい風が神社を吹き抜けて行く。木々がざわめいている。
「…お前さん、姿は見えんが、まだおるやろ?ちょっと待ってな。」
神主は部屋の奥から細長い木箱を持って来た。
「お前さんは良い霊や。本当は霊に加担することはあまり褒められたことではないんやが、お前さんになら、幽宮のお神さんも許してくれるさね。」
神主は木箱を誰もいない場所に向かって差し出す。
「お前さんは強力やが、それには霊を浄化する力はない。これを受け取りな。お前さんの未練を果たすために役に立つさね。だが用が済んだらちゃんと返しに来ることや。あくまで貸すだけや。あげるわけじゃない。最も、霊相手に口約束が通じるかは知らんがな。」
神主は目を閉じて風の声を聞く。霊の声が聞こえないか探って。…だが何も聞こえなかった。目を開けると、もう手元には木箱はなかった。
「ふん、無愛想なこった。物を貰うのに姿も現さんのか。…まあいい。」
「……を……。」
「……す……。」
「ただいまー。」
「おかえり、今日は少し遅かったね。あら?静香も一緒に帰って来たの。」
「うん、まあ。」
「2人でどっか遊びにでも行って来たの?」
「まあ、そうだね。」
「っ!ええ!手と足怪我してるじゃない!何かあったの?大丈夫?」
「足グネって転んじゃった。もう痛み引いたから大丈夫。」
「あらそう?気を付けてね。」
言えない。神社であったことなんて珠子さんに言えば、極度に心配させてしまう。そう思っているのは静香ちゃんもらしい。2人揃って自室に向かう。
「今日は鍋にするよー。準備できたら呼ぶから、疲れを取っときなさい。」
「…はい。」
神社からの帰りは何ともなかった。いや、それが普通なんだろうけど、それがとても平和で、貴重なもののように感じた。自室にこもって制服のまま仰向けにベッドに横たわった。足を掴まれたところを思い出すと、また心臓の動きが強まった。しばらくはトラウマになりそう。でも私が気になったのは別の方。小学生のころのトラックの件も、今回の件も、私が命の危険にさらされるとあの”男の霊”が姿を現して助けてくれた。…もしかしたら、あの霊はずっと私の傍にいたのかもしれない。なんならもうすでに今も、姿を隠して近くにいるのかも。神主さんによれば、あの霊は自分の未練を知らない。何が目的で私を助けているのかはわからないけど、もし気分で助けているなら、次に今日みたいに助けてくれると思わない方がいい。そう思った。
「準備できたよー。2人とも降りておいでー。」
「はーい。」
「美咲ちゃん、一緒に行こー。」
次の日、神奈ちゃんは何事もなかったかのように学校に復帰していた。
「神奈ちゃん、昨日と一昨日はなんで休んでたの?」
「風邪引いちゃった。」
「もう大丈夫なの?」
「大丈夫だよー。そんなに心配しなくてもいいってー。」
「そう。」
神奈ちゃんから風邪を引いたっていう言葉を聞いたのは、これが初めてだった。思い返せば、神奈ちゃんが体調を崩して学校を休むなんてことは今までなかった。一体どういうことだろう。
学校のチャイムが鳴った。放課後の合図だ。帰りの会を終え、いつも通り神奈ちゃんと合流する。
「美咲ちゃんごめん!今日先生から放課後に呼び出し受けててさー。今日は一緒に帰れないかも!」
「呼び出しって何について?」
「わかんないけど、最近美咲ちゃんのクラスの伊藤さんが亡くなったって話あったじゃん?多分それについてじゃないかな。」
「なんで神奈ちゃんが?」
「さあ?」
確かに、伊藤さんが欠席した日、死亡が確認された日、どちらも神奈ちゃんは学校にいなかった。だとしても、だからって神奈ちゃんを疑うのは流石に飛躍しすぎだとは思う。
「…わかった。じゃあまたね。」
「はーい、またねー。」
私が階段を下りるまで神奈ちゃんは手を振って送ってくれた。
続けて今日も帰りは独りだった。三度目ともなると、慣れてしまって特に何も思わなくなった。
雲一つない空が赤みがかっている。歩きながらそんな空をぼんやり眺めていた。
「おい。」
突然3人が現れて、私を取り押さえた。
「えっ、ちょっと。」
「こっち来い!!」
抵抗するが、3人ともなると力で勝てない。1対3で相撲をしているようだった。ずるずると押され続けて、ついに突き飛ばされて私は床に倒れ込んだ。
誘導されたのは路地裏のようだった。どんよりとした暗い場所で、誰も近付きたがらないような場所だ。
私を詰めた3人は、昨日私に伊藤さんの殺害容疑を掛けて来た人たちだった。七瀬、日南、朱里。今は七瀬さんが場を仕切っているようだ。
「何の用なの?」
「とぼけないで。ここがどこかわからないとは言わせないよ?」
「え?」
「ここは伊藤の死体が見つかった場所だよ!」
「…ここが?」
よく見ると、地面に血痕と思われるわずかな黒ずみがあった。ここで本当に伊藤さんが死んだなら、昨日の霊はここから生まれた。
「死因は腹部をめった刺しにされたことによる失血死。私のお父さんは警察官で、ここの捜査の担当をしてたから何でも知ってるよ。犯人はわかってないけど、どうせあんたがやったんでしょ。」
「やってない。」
「あ゛ん゛た゛以゛外゛考゛え゛ら゛れ゛な゛い゛の゛よ゛!!!」
「どうして…。」
「いつまで被害者面する気?あんた以外で伊藤を殺す動機を持っている人間がいないのよ!私たちからの嫌がらせに耐えかねてどうせ過剰防衛で殺したんでしょ?そうなんでしょ?言ったよね?同じ苦しみを味合わせてやるって!」
見るとその手にはナイフが握られていた。七瀬は乱れるように頭を搔きむしる。
「も゛う゛う゛さ゛い゛ん゛た゛よ゛!!!ちょっとからかっただけで逆切れして、一丁前に被害者気゛取゛り゛て゛!!なんでお前みたいなクソ女が生き残って伊゛藤゛が゛死゛ぬ゛ん゛た゛よ゛!!」
七瀬はナイフを掲げてこっちに走って来た。
「死゛ね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!!!!!!」
「っ!」
私はとっさに姿勢を低くしてタックルをした。その勢いでその手からナイフが落ちる。私は馬乗りになって必死に顔を殴った。
「っ…!っ!…っ!」
私は歯を食いしばりながら声にならない唸り声をあげた。自分自身に暴力の正当性を言い聞かせるために。
日南が私の横を走ってナイフを取りに行こうとした。私は足首を掴んで転ばせた。
「う゛あ゛っ゛!!」
私の攻撃が止まった隙を突いて防御に徹していた七瀬が反撃して来た。私は腕で顔を覆った。
朱里も加勢して来る。私はその腹を蹴って突き飛ばした。反撃して七瀬を怯ませ、私はナイフを目指して体を起こしながら走り出した。だが日南が私の靴を掴み、私はつまずいて転んだ。私は靴を脱いで這うようにナイフを目指す。その場の全員が生きるために必死だった。ナイフに届きそうだった私の手を、七瀬が踏んづけた。
「あ゛っ゛!!!」
七瀬はナイフを拾い上げて、私に振り下ろして来た。私は踏みつけて来た足を両手で引っ張って体勢を崩した。七瀬は尻もちをつく。私はその手からナイフを取り上げようとした。しかし、態勢を立て直した2人が私を引っ張り上げた。無理やり立たされて、両腕を押さえつけられた。ナイフを持った七瀬が立ち上がる。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」
私に殴られて顔は腫れ上がり、醜く痣だらけになっていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
ナイフを腰に構えて、私の腹目掛けて突っ込んで来た。私は無謀にもとっさに腹筋に力を入れた。
ドンッ…………痛かった。でも、何か感触がおかしかった。よく見ると私の腹からは出血していなかった。
「……何よ…これ…。」
気付いた七瀬は目を見開き、後退して、震えた声でそう言った。
私の腹に当たったのは、刃がUの字に曲げられたナイフの側面だった。




